透明な猫
それにしても、思い違いだろうか。箸で挟もうとしたときに、手元が狂って取り損なったのではないか。そうではない感触が確かに感じられ、その記憶が残っている。
今度こそと、残りのうちの一方を箸で挟んだ瞬間に、またやられた。ひったくられた、という手応えだった。
何となくピンと来て、最後のひと切れを慌てて口に運んだ。敵が食べている間に、こちらも頂いてしまおうという作戦は成功した。醤油も山葵もつける暇はなかった。だが、それでもやはり、極上の本マグロの大トロである。実に結構な風味と食感だった。
最近は透明な猫がいるらしいと、ニュースで知ったばかりだった。そいつが先程扉を開けたときに紛れ込んだらしい。このまま住み着かれてはたまらないと思い、犬養はそれを追い出すことにした。さて、どうすればいいだろうか。猫が嫌いなものは何か。
猫は濡れたタバコの吸殻かコーヒー、ガラムマサラの臭いを嫌うと云われているが、犬養は鼻が敏感なのである。ネットで検索すると超音波が嫌いだとわかった。超音波歯ブラシのスイッチを入れると、間もなく小動物がドアに体当たりする音が聞こえた。ドアを開けてやれば出て行くだろうと、犬養は思った。
了