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天使の墓標

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 その後も、この妙な逢瀬は続いた。毎晩、ほぼ決まった時間に公園へ行けば、彼女が現れる。他愛無い、とはけして言えない下手な詩情塗れの会話を交わして、僕がてきとうな頃合で帰宅する。
 ただそれだけなんだけれど、どうやら僕はこの変な女の子との時間をとても楽しんでいたようで、同時に彼女に対して神秘性を妄想していたらしい。
 いつか彼女をどうしようもなく、理解できなくなる時を僕は密かに待ち望んでいた。多分これが怖いもの見たさ、という感覚なのだろう。

「もうすぐ私は旅立つの」
 そう言って笑う彼女。僕はその真意を読み取ることはせず、ただ問いかけた。
「ええ、狭い鳥籠から抜け出して、遠くに行くわ」

 結論から言えば、確かに彼女はもう公園に現れることはなかった。
 旅立つと言ったその翌日から、彼女の姿を見ることはなく、それ以来僕は夜の公園に行っていない。
何日か後、昼間に公園の近くを通りかかると、引越しをしている家があった。
 確か木村という名前だったはずだ。母が噂していた家で、娘さんが引きこもりだとか、自殺未遂がどうとか言っていた。
 なんとなく様子を眺めていると生気の薄い少女が、壮齢の男女に連れ添われて玄関から出てきたのが見えた。
 恐らく彼女が引きこもりで、自殺未遂をしたという娘さんだろう。確かに、肌の白さはしばらく日に当たっていないようだし、何より表情が陰鬱だ。彼女の笑顔が想像できない。
「……行かないと」
 どうやら、僕の天使はいなくなってしまったらしい。狭い鳥籠から抜け出せたのか、それともどこか別のゴミ溜めをさまよっているのか。
 僕は公園の前から立ち去った。
作品名:天使の墓標 作家名:硝子匣