てふと
0.始まりの夜
もしも、先にこの未来を知ることが出来ていたならエイルは、あの夜に彼女を絶対助けた
りはしなかっただろう。
ギリ、と血がにじむほどに唇をかみしめエイルは走る。
あの夜、彼女と出会いさえしなければこんな事にはならなかったはずなのに、と。
『第一級指定危険生物が所内を逃走中!所員は警備課の指示に従い、速やかな避難を行ってください。これは訓練ではありません。繰り返します、第一級指定危険生物が―』
ウァンウァン鳴り響くサイレンと共にスピーカーから流れる避難命令に人の群れがまるでヌーの大移動か氾濫を起こした川のように広くもない通路を流れていた。
その群れの隙間を縫って研究室への道を急ぐ。
肩と肩がぶつかり、時には人の流れに押し戻されながらも人を掻き分けながら足を進め、やっとの思いで研究室に辿りついたのはすでに辺りに人の気配がなくなった頃。
予想以上に時間を取られてしまったと舌打ちしながらズボンの後ろに隠してあった麻酔銃を取り出しカードキーをタッチパネルにかざす。
だがその銃もすぐにまたベルトに挟む事となった。
研究室はもぬけの空、壁には焼け焦げた跡、そして通気口の蓋が無理やり破られた跡があった。
迷うことなくエイルも通気口へよじ登り体をねじ込むとヒヤリと背筋を舐め上げるようなほこり臭い空気の流れ。
先の見えない暗いダクトの奥へ一体どんな思いで体を進めたのか。
「…ルーファ」
頼むから早まらないでくれと届くはずのない思いを抱きながら、彼女が体を進めたであろう闇の奥へと身を捩じらせる。
時々通気口の隙間から差し込む仄かな明かりだけが頼りの闇色、その暗さにエイルは出会わなければと幾度も想いをよぎらせた夜を思い出していた。