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8.名前を呼んで(11/13) :マスターと魔王


 それは、遠い昔の夢。

「これより、主従の儀を執り行う。何か言っておくことは?」
「あの…陛下」
「なんだ?」
「…最後に、私の名前を呼んでくださいますか」
「×××××」
「もう一度」
「×××××」
「…もう一度だけ」
「…×××××」
「…ありがとう、ございます。これで心置きなく、その名前を捨てることができます」
「…ごめん」
「謝らないでください。私は、あなたが王陛下となられたことが本当に嬉しくてたまらないのですから!」
「…」
「それでは改めて、主従の儀を執り行う。×××××は、その名を捨て、王陛下の第一の従者として永久に仕えることをここに命ずる」
「ありがたき幸せ…!」

 は、とそこで目が覚める。
 懐かしい記憶だ…もう何年前になるだろうか。
 我が主人が戴冠なされた日。私が主人のために名前を捨てた日。
「どうかしたか?」
 主人が私の顔を覗き込んできて、そこでやっと私は我に返った。
「! いえ、何も…起こしてしまいましたか?」
「いや、私用を思い出してね。さっきまで起きていたんだ。これからもう一度寝るところだった」
「困ります」
「え?」
「陛下が起きているのに、その直属の部下はベッドでのうのうと寝てるだなんて、下の者に示しがつきません」
「そんな…別に公務じゃないんだから」
「駄目です。今後、就寝後に何かを思い出された場合は私を起こすか、翌日に回されるか、あるいは思い出すことのないよう就寝前にすべて終わらせる努力をお願いいたします」
「わかったわかった」
 主人は苦笑気味にそう答えると、ベッドの中へ潜り込む。
「次回からはそうするよ」
「絶対ですよ」
「あぁ、わかってる」
 きっと次回も言わないのだろうな、と私は思う。
 我が主人はそういう人だ。だから私は好きなのだ。
 彼が寝付くのを待ちながら、私はこの方の従者でいられることの喜びをかみしめていた。
 これから一年もしないうちにあの邪魔者が現れ、この平穏な日々が壊されるだなんて、当時は思いもしなかったのだ。