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独白
声が聞こえる。
騙したり、騙されたり。そうしているうちに人の話が嘘か本当か見抜けるようになった。
今隣で交わされている噂話、ゴミ屑の中から拾い上げる新聞にある記事、どこまでが事実でどこからが感情の羅列なのか。感情は余計なものだった。これ以上いらない、と何度も思った。
そんな時、ゴミ山から見つけたのはたったひとつの歯車だった。かみ合う相手と離れ、体ひとつで目の前に転がっていた。触るとひんやりと冷たく気持ちがよかった。移っていく体温は自分の感情、浄化されていく。気分が晴れていった。このままでいいのだと、このまま生きていけばいいのだと、それを助けてくれる存在だった。相棒のような、助っ人のような。辛いことがあるとそれを握りしめた。いつものように「落ち着け」と僕に冷静さを与えてくれた。
やがて僕はゴミ山から金属パーツだけを集めてくるようになった。情報収集のために取っておいた新聞や雑誌はいつの間にか消えていた。ねじ、歯車、ボルト、針金、鉄板。気がつけば公園に張っている僕のテントの中は鉄くずで溢れかえっていた。幸せ、僕は初めてそう思えていた。
「やあ」
そんな時だった。いつものようにゴミ山の上に突っ立っていつものように金属を漁っていた。ただそれだけだった。
「君はひとり?まだ子供だ、体がとても小さいね」
見上げれば自分の身長より遥か高い位置から声が降ってきた。
「少年、君は金属が好きなのかな?」
男の声だった。心地好い響きだった。顔は逆光で見えなかった。ポケットの中から小さなねじがいくつかこぼれ落ちた。
「おいで、もっといいゴミ山を知っているよ」
腕を引っ張られた。ぼうっとしている間に気がつけば成すが侭に、足は右左と交互に前に出ていた。男の顔はいつまでも逆光でよく見えない。ただ口の端が緩く持ち上がっているのだけは見なくてもわかった。
僕はまだ幼かった。
男が連れて行く先が「もっといいゴミ山」などではないと、そんなことはわかっていた。ただもう潮時なのかな、と幼心に生きることに終わりを見出したのかもしれない。もうどうでもいい。すこしの自己満足、生き甲斐、信じる先を無機質なものに向けた瞬間、その幸福を奪うのはやはり人の感情や欲望だった。もう勝てないのだと、どうあらがっても逃れられないのだと思ったのかもしれない。悟ったのかもしれない。
遠く、ゴミ山が崩れる音。
金属が擦れ物悲しい旋律が響いた。
独白2
人には言えない過去がある。
どうしてここにいるのか、どうしてひとりを好むのか、どうしてこの環境に執着しているのか。
「だって、何も感じないんだよ。楽なんだ。いつもいつも人の噂話ばかり聞いてるからかな。だから余計、何も喋らない、冷たくてそこに存在だけしてるガラクタがさ。うん、でも組み立てればちゃんと動くんだよ。そこに意志はないし、ただ“そうやって”動くように作られたから」
自分のことを言われたのかと思った。そこに意志はなく、言われた通りに生きる。
人類はどうしたら仲良くなれるのか。それだけを考え続けていた。誰も苦しまず、何も失わない。そんな世界を作りたい。
例えば自分に兄がいたとする。病弱でいつも寝たきりの兄。その兄を心配そうに、そして心の底から愛している両親。私だって愛されている。そんなことはわかっていても、心の中では劣等感とねたみがすくすくと育っていってついに兄が他界するその時までそれが消えることはない。兄が消え去った後、私に残されたのは兄を溺愛するばかりその死を受け入れられない半狂乱の母と、硬く口をきかない石像のような父だけだった。
だから私は兄を作った。
兄の形をして、兄の声で喋り、兄のように軟弱でか細い呼吸しかできない生き物を。
全ては元通りになる。父も母も私をまた愛してくれる。昔よりもずっと私を。だって私は兄を、二人が愛する兄を作ったのだから。
私はひとりぼっちになった。
ひとりは楽だった。何もないことは何も失わないということ。全てが私ひとりの中で完結していた。
「ねえ」
そんな時だった。いつものように病院の隔離施設の中で本を読んでいた時だった。ただそれだけだった。
「あなたここでひとりなの?寂しくない?」
椅子に座る私に前屈みになって話しかける声は、すこし粘着質でやたら優しい女のものだった。
「本が、好きなのね。絵のない本が」
なんておりこうなの、と声は降り続けた。背後の窓。午後のぬるい太陽。逆光で彼女の顔はよく見えない。話しかけられた私は、「新しい家族ができたのだ」と、何故か瞬間的にそう思った。昔そんな映画を観たからだろうか。
「さあ、私がもっと面白い本を買ってあげる」
形のいい爪だと思った。私の腕をぎゅっと掴んではなさい指に見とれた。この人なら、この人に付いていけば私の指ももっともっと綺麗になるかもしれない、そう思った。
兄の指はとても綺麗だった。
私はあのとき、まだ何も知らない幼子だったから。女の香水が私の頭に染み付いて離れない。