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僕は一人、今は使われずに廃墟と化した高層ビルを駆けていく。足下につもる埃はぶわりと空気を帯びて膨らみ、ガラスの抜け落ちた四角から差し込む午前中の太陽に照らされキラキラと舞い散った。外の明るさと対抗するかのように暗いビルの中を、僕は迷うことなくあるひとつの場所に向かって走って行く。一番奥の階段を三階まで上り、身体の向きを変えると同時に踊り場にぽっかりと開いた穴を飛び越える。足下でガラスの破片がシャリっと音を響かせた。広い通路に出る。右の部屋から、1、2、3番目。壁の亀裂に身をねじ込ませ裏側へと。まっすぐに、突き当たりを右。右、右、左。通路を一番奥まで進んでその小さな部屋。以前は用具入れか、書類置き場か。僕はためらいなくその部屋へ入り、部屋の隅、小学生がやっと通り抜けられるほどの小さな穴に向かって叫んだ。
「ねえ、いる?俺だけど、相談が、俺たち大変かもしれない!ねえ聴いてんの?入るよ!」
叫ぶだけ叫んで僕は壁の穴に身体を滑り込ませた。慣れた動きでするりと通り抜ける。
この廃ビルの奥の奥。砕けたコンクリート、湿った影、絨毯のようにつもった埃、黒と白と灰色のくすんだ世界。でも僕の降り立ったそこは、そこはいつもと同じ純白の布。そして伸びる緑と熟れた葡萄の紫。空間に生まれるのは心地好い質量感。靄のようにも感じる淡い光、丸く切り取られた空。
「ねえ、相談が!ラジオ!俺もさっき聴いてさ!おい、どこだよ?」
そこは床が抜けて中二階のようになった不思議な空間。足下は悪く、頭上の高い天井も一部が丸く抜け落ちていてそこから毛細血管のように張り付き伸びているツル植物が顔を覗かせている。隙間からは夏の終わりの青。外では湿気を帯びていやらしくまとわりつく残暑の日差しも、ここでは嘘のように柔らかく部屋に降り注いでいる。足下には布、布、布、そして布。たたまれたもの、無造作に広げられたもの、カーテンのように吊るされたもの。状態はそれぞれだけど、その布に共通しているのはそこに刻まれた....

「ちょっと!」

僕が垂れ下がった白布に手をかけ、ぐいっと押しやった瞬間。空間の淡い光とは正反対の良く通る甲高いあの声が鼓膜を貫いた。
「あなたはいつもいつもそうやって私の大切な時間を滅茶滅茶にしていく!なんなの?あんたなんなの?」
「あーはいはい、ごめんね、っと」
僕は器用に瓦礫を乗り越え、やっと見つけた少女の元へと歩を進める。僕の目指す所、瓦礫が小山のようになっているそのてっぺん。彼女はその日もそこに座っていた。その膝の上には布。これもいつも通り。手には針。これも同じ。彼女の手の届く範囲に円状に広がるのは色とりどりの糸の束。茜色、桃、山吹、藍、鶯。針山にささる針にも数知れない色の糸がつながれている。僕は手に入れた情報を早く彼女に言いたくて、すこし慌てていた。
「......それより俺......!」
「布」
落ち着きのない僕に少女はぬっと細く白い腕を伸ばす。彼女はこっちの話を聞く気は、いやそもそも僕自身に興味なんてないのだ。
「......は?」
「だぁ、かぁ、らぁ、ぬーの!布よ、NUNO、布!」
「.........布って、だって、新しいのはこの前持ってきたじゃんか。俺、超苦労したんだよ?汚れてない綺麗な布とか、そんなのそうそう........」
「ちょっと、信じらんない、え?嘘、信じらんない!手ぶらで私に会いにきたの?」
「うわっ、ちょ、あぶな!」
少女は持っていた縫い針をまっすぐ僕に突きつけて険しい顔で更にまくしたてる。思わず一歩引いた僕は危うく瓦礫の斜面から滑り落ちそうになるところだった。

「あのね、ここは私の家。私の城なの。そこにいつもきったない格好で!無断で!ズッカズカと踏み込んできて!しかも手ぶら!手ぶらで!邪魔するし、五月蝿いし、臭いし、顔は悪いし、邪魔するし!」
「か、顔はどうしようもねーじゃんか!」
「あのね、世の中に関係ないことなんてないの。いい?私が言いたいのは、あなたはあなたを構成しているもの、つまり遺伝子レベルでダッメダメってことなの、わかる?」

彼女に口で勝てる人間がいたら、僕はぜひその人に教えを請いたい。
ぐいぐいと縫い針をためらいなく向けてくる殺気立つ彼女に後ずさりしながら、僕はぎゅっと目を瞑った。そして力任せに両手を前に突き出す。
「ちょ、ちょっと、ちょっとストップ!これ!これを聴かせにきたんだよ、俺!」
僕はぐいっと彼女の顔の前に握っていたもの差し出す。
「なによ、これ」
少女は目を細め、眼前に突き出された四角い機械を興味薄そうに睨みつけた。長いまつげがキラリと輝く。
「ラジオ!R・A・J・I・O、ラジオ。いつもの山あさってたら見つけたんだ、偶然。超ラッキー」
「.......ちょ」
少女はオーバー気味なリアクションで嘆かわしげに叫ぶ
「ああ神様、どうかこの愚かな生き物にご慈悲を!愛を!ああ、なんと可哀相なバカ家無し坊や!これが電波を使って送られた信号を受信し音声として垂れ流す小さな箱、つまりラジオだってことくらい誰にでもわかることもわからないなんて!」
「え、嘘まじ?俺初めて見.....」
「そ、れ、にR・A・D・I・Oよ、DよD!!!ああもうほんとばか!!!これ以上喋んないで私が恥ずかしくて死ぬ死ぬわ死ぬ!」
彼女はふっくらとした白い頬を同じく透き通るように白い小さな両手で抑え、空しく首を振っている。そのわざとらしさといったら。と、思うとぴたり。彼女ははたとその動きを止め、目の端をキッとつり上げ僕の手からラジオをひったくった。
「で?それでこのラジオが一体何なのよ。まさか珍しい素敵アンティークアイテムを拾ったのが嬉しくて!ただそれを私に見せるためだけに!私の大切な時間を邪魔してまで!ここに来たんじゃないでしょうね?」
「ちげーよ!俺もそんなに暇じゃねー」
「あらあら、うーんまあそうでしょうね、毎日毎日ゴミ山漁ってお腹空かせて寝てっていう365日その予定でいっぱいだものね」
「ああそうだよ!」
演技じみた仕草で人をおちょくるのは彼女の癖だ。今も細い人差し指を顎にあて、思案深げな表情を作っている。僕は彼女から勢い良くラジオを取り返すと、その電源を入れた。爪の先で押し上げた細いつまみはカチッという軽い音をたて、その黒い小さな身体から軽やかな音楽を流し出す。
「あのな。ちょっと時間くれ、聞かせたいものがあって。録音したんだ俺」

そのラジオは年代ものだけどまだまだ現役だった。問題なく動き、コンパクトな割に録音機能まで付いている便利なものだった。おそらく発売された当時は結構使える次世代ものだったんじゃないかと思う。

「~♪」
僕が録音再生に手間取っている間、ラジオからは小粋なジャズが流れていて目の前の少女はそのリズムにのせて鼻歌を歌っていた。部屋の淡い光が彼女の白い睫毛を浮き立たせ、上目でその様子を見上げた僕は少し見とれてしまった。そして手元を見ずに無意識のうちに押したボタン。

ぶつりとジャズが打ち切られ、気持ち良さそうに歌っていた少女は機嫌悪げに僕を睨む。僕はさっと手元に視線を戻す。文句のひとつでも吐き出そうと彼女が口を開きかけた瞬間。
「しっ」
作品名:no_title 作家名:o.chi