炎舞 第二章 『開花』
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一
―――なびく銀色の髪に、陽炎は息を呑んだ。
薄紅の花弁は月光を浴びながら、宙を艶やかに舞っている。その輝きが、まるで狂い桜のように、はらはらと彼を包みこんでいく。絵巻物の中に迷い込んでしまったかのような錯覚を覚える、異様な空気。
その姿は何故か、身震いするほど恐ろしく、美しかった―――。
「……陽炎か」
桜を見上げていた玉響の横顔が、僅かにこちらへと向けられて、微笑む。
(……?)
不思議な、違和感。玉響の顔を見、陽炎はそう感じた。
「すまない……桜に、見とれていた」
そう言って、玉響は再び視線を、桜の樹へ。
「……美しい花だ。まるで人の命のように、儚く散ってゆく。血に染まった桜吹雪は、さぞ見物(みもの)であろうな……」
端整な唇の端が吊り上がり、一瞬、玉響の眼の奥に妖しい光が煌いた。その顔に浮かぶ笑みは、今まで陽炎が見たことのある、どの種類のものとも違う。
(彼……、私の目の前におられるのは、玉響、ですよね……?)
と、そう考えたところで、
「そういえば……神風達は帰ったのか?」
玉響が話しかけてきた。
「あ……はい。もう少しお待ちいただけるようお頼みしようとしたのですが、あまりお引き留めしても申し訳ありませんでしたので……。よろしかったですか?」
「ああ……」
ほとんど呼気のみの返答をした玉響が、ふっ、と陽炎と視線を交わした瞬間、彼女の腕を掴み、強引に自分の胸元へ引き寄せた。
その荒々しさに目を見開いたまま、陽炎は玉響の腕の中で硬直してしまう。
「……陽炎は、私のことが好きか?」
―――耳元に囁きがこぼれる。
「私のことを、〝愛しているのか〟?」
確かめようとする言葉。慈しむかのように、陽炎の身体を優しく包み込むいつもの彼とは、何かが違う。
玉響の声は静かだったが、甘美な毒を流しこむような響きの声音だった。
―――腕の中で、陽炎はゆっくり頷く。逆らえない、いや―――この〝愛しい想い〟に逆らうつもりなどないのだが……。何故か、躊躇わせるような―――。
「――っ!」
吹き飛んだような感覚の後、強い衝撃が陽炎の背中を襲った。玉響は地面に彼女の華奢な身体を叩きつけると、馬乗りに組み敷く。その手が陽炎の胸元の着物を引き裂いた。
「たまゆ、ら……」
震える唇で、彼の名を呼ぶ。
頭上から聞こえる荒い息づかいに重なり、舞って落ちる桜の花弁が、彼の中に流れる血の川のように感じた。
「愛しているんだろう? 〝私〟を」
狂気に濡れた瞳。
―――玉響の口元に浮かんでいる笑みは、既に人のものではなかった。
作品名:炎舞 第二章 『開花』 作家名:愁水