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炎舞  第二章 『開花』

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「…すまぬ。平気だ」
 陽炎に支えられ荒鉄が立ち上がるが、左手から血が流れていた。手甲が破れ、腕に獣爪で抉られたような傷が刻まれている。吹き飛ばされた際、神明の鉤爪を食らったのだ。
 二人が視線を上げると、綿津見が踊るような動きで高圧水流を射出しているのが見えた。神明の身体が呑み込まれ、燃え盛る大木に激突する。ズルリと落ちる途中で、何本もの水の鞭と、神風の衝撃波が神明に襲いかかった。叫びとも悲鳴ともつかない音がゴボゴボと神明の口からあふれ出る。そして更に追い討ちをかけるように、玉響の火術、火炎の化身である火の鳥が神明の身体を包み、地獄の業火が辺りを焼き尽くす。
 おおおおおおっ……!!
 炎の唸りか、それとも魔たる者が上げている声か。灼熱の炎が逆巻き、天へと駆け登っていた。肌を刺すような凄まじい熱気が風に流れ、離れている荒鉄と陽炎の元までへも届く。
「……やったんやろか?」
 綿津見が呟いた。この様では、もはや生きているはずもない。僅かに緊張を解いた彼女が近づこうとする。だが、
「―――待て。動くな、綿津見」
 張りのある玉響の声が、それを制す。厳しい面持ちのままの彼の姿勢を見て、荒鉄の身の内にじわり、と嫌な緊張感が満ちた。
 ―――まだだ。まだ、終わってなどいない。
「ちっ……しぶてぇヤツだ」
 ペッと唾を吐き、神風が忌々しげに槍を頭上で構えた。次の瞬間。
 濃い瘴気が立ちのぼり、神明を呑み込んでいる炎の柱とでもいうべきものに、渦を巻いた。そして―――。
 グオアアアアアアアアッ!!
 その場にいる者達全ての魂を震わせるほど、どす黒い怨嗟を含ませた雄たけびが、一帯を地鳴らしのように揺らす。そして、力強い戦慄の「声」。
「…コノ程度デ…コノ程度デ、我ガ死ヌト思ウテカッ!!」
「むぅ…!?」
 唸り、思わず後ずさった玉響の眼前に、そそり立っていた炎の渦が黒い爆発へ変わった。叩きつけるような衝撃の波が押し寄せる。各々身構えながら黒い煙の先を見つめていると、その中でぴかり、と二つの円いものが光った。それは底知れぬ狂気と憎悪を宿した、燃えるような瞳―――。
 文字通り、刹那であった。玉響と神風の横を、烈風が走り抜ける。すぐさま、異変に気づいて二人が振り返ると、嫌な予感は的中していた。
 闇雲ではない、目標を定めたその攻撃は〝伸びた〟五本の鉤爪。それが綿津見のしなやかな身体を深々と刺し貫いていた。
「なっ…」
 綿津見の唇から鮮血があふれる。伸縮する爪は、ぶしゅっ、という音を傷口からあげ、素早い動きで引き抜かれた。綿津見の膝がガクリと落ちる。
「綿津見!! ―――てめぇっ!!」
 神風は煙の中へ踊りこみ、そこに潜んでいる神明の喉もとへ切っ先を突く。しかし―――。
「!?」
 そこに神明の姿はなかった。
 黒々とした空気の中、神風は「突き」の体勢で固まっている。神明の放つ、「意識の熱」とでもいうべきものが、ふっと掻き消えたのだ。そう、上空へ―――。
 神明の巨体が、舞っていた。軽々と、神風の頭上遙か上空へ、一瞬の跳躍で詰めていた。
「…次ハ、貴様ダ」
 円い眼を細め、神明は神風に向かって宣言する。だが、その様子を見上げる神風の顔つきが、まるで悪童のように笑んだ。
「いやぁ? てめぇの番らしいぜ」
「…!?」 
 彼の言葉の意図に気づいた時には、既に遅かった。背後に気配を感じて神明が振り向くと、神明の上をいく跳躍力で玉響が空を舞っていた。振りかざされた刀身は、空に浮かんだ三日月―――。彼の両腕の筋肉が気力を漲らせて瘤のように盛り上がり、迷いのない一文字の太刀筋が打ち下ろされる。
 神明の左肩に強烈な衝撃が伝わった。耳元で肉が潰れ、骨が砕ける音が聞こえる。いくら強靭な肉体を持つ神明でも、この攻撃に為す術(すべ)はなかった。そのまま地面へと落下する。重い音が響き、どっと大量の土砂が舞い上がった。
「……、オノレェ…。人間ゴトキニ…!」
 前傾した姿勢から身を起こすと、斬られた傷口が血を噴き出し、痛烈な痛みが身体を走り抜ける。神明は憎々しげに玉響を仰ぐが、間合い三歩―――。気配を察した。視線を瞬時に戻し、下半身の重心移動とともに、太い腕を薙ぎる。だが―――。
「遅いですよ」
 まるで時を止めるが如き、神速の踏み込み。奔る刃が地表近くから半月を描き、前に出た神明の右腕を、関節の部分から綺麗に斬り上げた。
「グアアアッ!!」
 肉の塊が鈍い音をたて地面へ落ちる。大量の紫の飛沫で、一瞬視界がその色に染まった。だが紫の血の中で、絹糸のような黒髪がふわりと踊る。そして二撃、三撃…続けざまに飛来するような音と衝撃だけが神明の身体に伝わる。白く閃く軌跡の流れを追うと、
(ナッ……!? コノ女……!!)
 神明の目が驚愕に剥く。その艶やかな姿は、的確に冷静に、最小の動作で斬り裂いていく陽炎であった。彼女の薙刀の動きには一切無駄がない。斬った勢いで次の攻撃へと転ずる様はまさしく、達した武芸の〝それ〟。
 神明の心を見透かしたかのように、
「これでも朱鬼族を統括する者の妻です。油断、いたしませぬよう」
 炯と光る瞳で擦れ違い様にそう言い、陽炎が斬撃を放つ。その残像が消え去る前に、神風の槍が神明の肩の傷口へ向けて投げられた。点を衝つが如き、精妙な一撃。傷口に命中したと同時に神風は跳躍し、刺さっている槍を更に「突き」で押し込む。失神してしまいかねないほどの衝撃と激痛が神明を襲った。
 ―――違う。
 〝何か〟が、違う。
 印を結んだ荒鉄が神明の周囲に膨大な術力を展開し、結界内に封じ込める。
 今、自分が戦っている者達は、魔獣よりか弱く愚かであるはずの人間どもとは何かが違う―――神明がそう気づいた時、再び、音にならない振動が聞こえた。
 紅蓮に輝く炎の渦が、結界の内側に強烈な高熱を発生させ、神明を呑み込む。肉体を焼かれながらも、神明は凄まじい術力が更に喚起しているのを感じとっていた。
 これで、「終わり」にするつもりなのだ。 
 水面がざわめくような、その共鳴が引き起こす感情。具体的な言葉として形作るとしたら、それは―――。
「我が宿命に従い、貴様を滅する」
 熱風にあおられ、玉響の紅い瞳が濃く揺らめいた。

 それは、「恐怖」―――。

 喚起した炎の奔流は魔獣に残された耐久力を削りきり、絶叫とともに、赤黒い巨体が崩れ落ちる。
 玉響は表情一つ変えずに、しばらく眼前の炎の渦を見つめていた。

作品名:炎舞  第二章 『開花』 作家名:愁水