炎舞 第二章 『開花』
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二
時刻は八つ。夜空の雲に、月が隠れる。
静寂と闇に沈む桜が、所々、池のほとりの篝火や石燈籠の明かりで、柔らかな紅色を浮かび上がらせていた。朱雀宮の見事な桜の木の連なりは、本殿から拝殿を囲むように続き、高々と聳え立つ門の前で一度途切れる。大門の向こうは、雅やかな古都。
風に乗るように、ひらりと門の上へ跳躍した神明は、顎を上げた先に広がる都の風景を見渡した。
北端中央に設けられた白妙門こそ、神明が立つこの大門。そこから都(みやこ)内を中心に東西南北に走る大路を境に、四方の町に分けられていた。茫洋たる都の中には自然な川が流れ、人々の生活が支えられている。
紡がれてきた、人々の歴史と命。
「……ふ」
蔑んだ眼差しで見下ろす神明が小さく溜息をつくと、慟哭するような風が一瞬だけ強く吹き、雲を飛ばした。眉を顰め、顎を引きながら煩わしい髪を耳の横で押さえる。ゆっくりと瞬き、意識もせず視線を高く戻すと―――。
五感へぶち当たってきたようなその衝撃に、大きく目を見開いた。
満開に咲く朱雀宮や都の桜と地面に散った花弁が一斉に踊り、月の光を巻きこんだその光景は、春先に舞う淡雪のように映った。灰色の渦を巻き、はらはら、はらはらと、零れていく。
この心地は、まるで舞っている時のような―――。いや、〝舞ったこと〟など、〝自分〟はない。
ナンダ? コノカンジハ?
首筋を片手で押さえて、俯く。意識が、心が、引き込まれている。
―――これは、〝記憶〟だ。
この身体と心に刻み込まれた、想い。
なにをやっているのだ、と夜空に浮かぶ月を、神明は仰いだ。
「……〝侵攻〟が、まだ完全ではない……」
痛みを堪えるかのように言い捨てて、きつく唇を結ぶ。たとえ一瞬でも、目を、心を―――奪われた。その苛立ちを、神明は拭い去ることができなかった。
不快だ。この胸の澱み。
「―――慣れないか? 〝人間〟の感情に。その様子では〝同化〟はまだのようだな」
突如、聞き覚えのある、抑揚のない男の声。振り返った神明の視線は、白妙門の左に沿って続く、塀の上へ注がれていた。少し離れたその場所に、誰かが立っている。
「なっ……!! お前……!!」
思わず凝視したまま、神明が呟く。
著者より:次回のアップをお待ち下さい<(_ _)>
作品名:炎舞 第二章 『開花』 作家名:愁水