傷
雨音
雨音が聞こえていた。青田宏は寝床の中で10分もこの雨の音を聴いていた。待ちに待った雨であった。7日も待ったのである。しかしいざこうして雨が降ってみると、青田は決心が鈍った。
青田は自分に言い聞かせるかのように、隣の妻の由美に声をかけた。
「これから実行する」
「本気なのですね」
「お前も手伝ってくれ」
「何度でも言いますが、私は反対です」
「幸子のためだ」
「学校ともう少し話しあえばいいでしょう」
「つべこべ言わずに運転をしてくれ」
青田は妻に命令口調で言い放った。
この事で青田自身の気持ちも決まった。
青田は身支度を始めたが、由美は寝床に入ったままであった。
「早くしないと時間が無いぞ」
青田は焦りを感じた。
青田はこの1カ月余りで人が変ってしまった。
由美は仕方なく夫の行動に同意することにした。
11月上旬のある日、午前3時20分、由美は車のエンジンをかけた。
青田はビラと、ガムテープ、ビラを被せるビニールを入れた紙袋を持った。席に座ると、曇っているガラスを丁寧に拭き始めた。
由美はまだ躊躇していて、アクセルペタルを踏み込むことが出来なかった。これからの行動次第で幸子の将来に影を落とさなければと心配であった。
「早く出だしてくれ」
「忘れ物は無いですか」
由美は少しでも時間を稼ぎ、夫の気持ちを変えたかった。
「出してくれ」
由美はアクセルを踏み込んだ。
車が出だすと、青田は確認するようにビラを見た。
推薦入試における不正行為を告発する
水沢校長、森田進路指導部長、大川学年主任
恥じることは無いか