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プティ ムシュ 5

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      プティ ムシュ









   5

 
 「だから、この人があたしの下腹部等諸々を触ったんだってば!」

 その説明の仕方はどうかと思ったが口に出すつもりはなかった。そんなことよりもむしろ私が気になっていたのは、上司のご機嫌だったからだ。巻き込まれたとはいえ、出勤中に起こったこの珍事による遅刻を上司が快く許してくれるとは考えにくい。
 厄日というのがあるとすれば、今日がその日なのだろう。
 私は出基本的に始業時刻の一時間前に出社している。それは人身事故など予期せぬ事態が起きても遅刻をしないためである。そして今日はその予期せぬ事態である人身事故が起きていたのだ。そのため電車には三十分の遅れが生じていた。が、この時点では特に問題はなかった。そんなことがあろうとも、私は軽くコーヒーをすする余裕を持ちつつ悠々始業時刻に間に合うことができたからだ。
 しかし、ここで計算外な事態が起こった。遅延していた列車は普段のその時刻では考えられないような「すし詰め状態」になっていたのだ。誰もがそうであろうが、私は満員電車が嫌いだ。それはいらぬトラブルが起こりうる可能性が増すからだ。今回のような男女のトラブルもあるが、足を踏んだだの、体がぶつかっただの、いつも以上にストレスフルな乗客達は駅員は勿論乗客同士で不満をぶつけるのだ。私はこのような事態を避けるために、まず女性の後ろには立たない。そして自分自身イライラしないように平常心を保つように心がける。平常心どころか、いついかなる状態からでも謝れるような低姿勢を保ち、ちょっとの接触でも即座に謝る。少し卑屈な考え方だがこれが一番トラブルを回避できるのだ。
 そんな私が今、駅員室にいる。いるのは四人。駅員と私、三十代半ばの被害者の女性と、四十代の加害者と思われる男性だ。ちなみに私は痴漢現場に居合わせた目撃者という役割で、被害者を名乗る女性に半ば強引に引っ張られてきた。いや、訂正しよう。半ば強引ではない。強引にだ。
 
 確かに四十代の小太りの男性の挙動は終始おかしいものではあった。正直私も隣に居合わせていて不信感を抱いていたのは確かだ。しかしこんなことを言うと女性陣から非難囂々かもしれないが、確信が持てない限り男から同胞(男)を売るようなことはできない。というか男というのはそういう面において非常に臆病なのだ。いざというときの度胸というか決断力というのは、女性の方が長けていると言えるだろう。今回のケースもそうだが……。
 
「で、あなたはその現場を目撃したということだね?」
 駅員が私に詰め寄ってくる。
 小太りの男性は私に何かを懇願、すがるような視線を送ってくる。
 そして、被害者を名乗る女性は絶えることなく私に威圧的な視線を送っている。
「……はぁ、見たような、見ていないような……。」
絶えかねた私は曖昧な返事をしてしまった。この選択肢が最悪なのは理解しているつもりだったのだが、それをせざるにはいられなかった。
 この私の答えに反感という刃を突き立ててきたのは言うまでもなく小太りの男性以外の二人である。
「なんなのよ!その曖昧な返答は!!」
「そうだよ!これは大事な問題なんだ。君はそれを理解しているのかね!?」
 ごめんなさい。心の中で謝罪。しかし、私としても確信を持てないまま、小太りの男性を犯罪者に仕立て上げることにはやはり抵抗がある。
「だいたい隣にいるあんたがそんな態度だから、あたしがこんな目に遭うんじゃない!!」
「そうだ!男の沽券に関わることだよ!」
いつの間に避難の矛先は私に変わっていた。なんてことだ。
 それからしばらくの間、私への避難の雨は続いた。そんな雨が上がったのは被害者を名乗る女性の意外な一言からだった。

「もういいわ。本当はさわられてないもの。」

 この時、一番意外な表情をしたのは小太りの男だったことを私は見逃さなかった。
「な、なんだって!」
金切り声を上げたのは駅員の男だ。当然といえば当然だろう。彼は己の職務を忠実にこなしていたのだ。第一に被害者ありきの精神で彼なりに頑張ってきたのにこれはひどい結末だ。駅員に業務日報があるのか知らないが、彼はなんと書き込むのだろうか?

 ○月×日  午前七時三十二分

 痴漢被害にあったとされる三十代半ばの女性が、目撃者を名乗る男性と加害者と思われる四十代男性を引き連れて、駅員室に現れた。長い論争の中、加害者は犯行を否定。目撃者であるはずの男性は目撃したんだかしてないんだか曖昧な供述。そんな中被害者であったはずの女性はいきなり痴漢をされた事実ごと否定。なんじゃそりゃ。ちゃんちゃん

 以上 報告終了

とでも書くのだろうか?まぁ、そんなことはないだろうが。
 とりあえず駅員の愚痴をひとしきり聞いた後で、我々は駅員室を追い出された。小太りの男性が文句の一つでも言うかと思っていたが、何も言わず足早にその場を去っていった。それを見た私も軽く会釈をして会社に向かおうとした。本当は小言の一つでも言おうと思ったのだが、言い返されそうで怖かったのだ。
「じゃあ……」
と言いかけた言葉はまたも遮られるのであった。
「何でこんな事したか聞かないの?」
ハッキリ言って興味はなかった。しかし、この強引な女はまたも強引に私を駅前の喫茶店へと連行していったのだ。
 女の名は白石麗子といい、某商社の社長秘書だという。しかし、この不景気のあおりを喰らい週休六日という勤務体系を強いられ、それに伴い収入も激減。おまけにこの数ヶ月特定の男性とのつきあいもなく、人生の行き詰まりを感じていたという。
「とにかく男にさわって欲しかったのよ!かまって欲しかったのよ!わるい!?」
彼女の慟哭がほとんど客のいない店内に響き渡った。何事かという視線を店員が送ってきたが、無視をすることにしよう。
「まぁ、白石麗子さん?でしたっけ。ご愁傷様でしたね。払いは私がしておきますんで、ごゆっくりどうぞ。」
私が席を立とうとしたときだった。
「ねえ。」
今までの勢いとは一変した彼女のすがるような囁きに私は一瞬どきりとさせられた。
「ホテル行こ。」
   …………
「却下だな。残念ながらその案は棄却されました。」
「ちょっと待ちなさいよ。なによそれ。」
「なんでもいいよ。それより会社に行っていいかなぁ?」
「なによ!会社がそんなにいいわけ?」
「ちがうよ。上司が怖いだけさ。」
「はん!」

 その直後だった、私の携帯が鳴った。会社からだろうと思っていたがその着信はあの女子中学生、ノワールからであった。白石麗子は不機嫌そうに「出れば。」と促してきた。
「いや。いいんだ。」
そう言って私は携帯をまた上着の内ポケットにしまった。
「大好きな会社からでしょ?」
「違うよ。人のことを尾行する、女子中学生さ。」
言ってから余計なことを言ったと思った。
「なにそれ?」
「なんでもないよ。」
「人の誘いを断ったと思ったら、中学生と援交とはね。」
説明する必要もなかったのだがあらぬ疑いをかけられるのも面白くない。
「とある珍妙な紳士の正体を突き止めるのを手伝ってもらってるんだ。」
作品名:プティ ムシュ 5 作家名:橙家