「忘れられない」 第四章 手がかり
第四章 てがかり
翌朝森からメールが入った。
「宿は取れましたよ。来週の月曜日と火曜日の二日間頼んでおきました。キャンセルも延長も可能だそうです。こられる前に一度連絡して下さい」との事だった。
有紀は仁美に電話した。
「仁美さん、おはようございます。今構わない?」
「ええ、仕事中だけど・・・周りに人がいないから大丈夫よ」
「そう、手短に言いますね。来週の月曜から出掛けようかと思うの。平日の方が動きやすいとおもうから。良ければ二人分で宿頼んでおくけど・・・」
「そう、決まったのね!私はあなたに合わせるから何日でも構わないよ。じゃあ、日曜日の夜、そちらに行くから泊めて下さらない?朝一緒に出かけたいし・・・」
「そうね、そうしましょう!じゃあ頼んでおきますから・・・日曜日にね」
森にメールをした。返事があって、予約が完了した。場所が少し不便なので車で迎えに行くからと待ち合わせの駅を指定してきた。森は車で二人を乗せて宿まで連れて行くつもりであった。有紀はレンタカーを借りて動こうと考えていたが、知らない土地でいくらカーナビが着いているからと言っても不安は残る。森は自分が動くから遠慮せずに任せるようにと言ってくれていた。今回は好意に甘えることにしようと仁美にも連絡した。
当日になった。早めに起きて出かける用意を済ませ、二人は新大阪へと向かった。月曜日の東京行きは結構混雑をしていた。ほぼ満席の状態で名古屋に着いた。森から言われていたように、名鉄電車に乗り換え、東岡崎駅まで特急で向かった。初めて見る名古屋の風景は思ったより都会に感じた。電車は熱田神宮を過ぎ、東海道宿場町有松を過ぎ、矢作川を越えて岡崎市内に入り間もなく東岡崎に着いた。
「やあ、お疲れ様。迷わずに来られたですか?」元気な森の声が有紀の耳に入ってきた。
「はい、お世話かけます。こちらは友人の内川仁美さんです。お世話になる森さんなの」
「内川です。厚かましく着いてきました。よろしくお願いします」
「はい、どうぞご遠慮なく。綺麗な方のご友人はやはり綺麗な方ですね・・・いやあ、嬉しいですわ、ハハハ・・・」
冗談なのか、お世辞なのか解らなかったが、仁美には悪い印象ではなかった。
二人を車に乗せて少し市内見物をしてから宿に行こうとなった。森は退職金で思い切って購入したベンツに乗っていた。何も贅沢をしてこなかったが、最後に憧れの車に乗りたいと妻を口説いたらしい。豪華というよりスポーティーで飾らない高級車という感じだった。リヤーのトランクにE320と書かれたエンブレムが代表車種の番号を表していた。
「すごいですね、森さん・・・これってベンツですよね?」
「はい、妻を口説いて買いました。今までで唯一の贅沢です。長年働いてきた自分へのお礼に退職金で買いました。気に入ってるんですよ。すべてにトヨタとは違いますから・・・」
「そうでしょうね。乗せていただいて何となく解ります。安心感がありますね。ふわふわしていない感じですから」
「よくお解かりですね。さすが有紀さんだ・・・前から思っていましたが、容姿だけじゃなく、感性も素晴らしいですね」
「そんなに褒めて頂いても何も出ませんよ、ねえ仁美さん?」
「私もそう感じるときがあるのよ。有紀さんって・・・なにか恵まれているというのか、天は二物を与えているってね」
「仁美さんまで、からかうの?どこにでもいるオバサンだから、私は・・・」
「あなたがオバサンなら、私は何?おばあさん?いやよ、まだそんなふうに思われるなんて・・・」
「お二人とも、他の人が聞いたら怒りますよ、贅沢なこと言って!ってね、ハハハ・・・ほんとうにまだまだいけますから謙遜なさらない方がいいですよ」
「あら、森さんったら、なにがいけるのかしら?変な意味でしたら、奥様に言い付けますから・・・」
「ご勘弁を・・・深い意味じゃないですから。相変わらず厳しいですね。そこがまた素敵なんだけど・・・さて、着きましたよ。ここが徳川家由来のお寺大樹寺です。想いが叶うようにお参りして行きましょう」
三人は境内に入り、手を合わせた。徳川家ゆかりの城下町、岡崎市は愛知県の東南に位置する歴史のある街だ。愛知を代表する赤味噌(八丁味噌)発祥の地でもある。桜が満開の季節は、岡崎城からの眺めも美しく、多くの人で賑いを見せる。
「有紀さん、家康は人質だった幼年期をここで過ごしました。江戸に幕府を開き、駿府城を住まいにしていましたが、岡崎市民には切っても切れない人物なんですよ」
そう話す森は、どこと無く淋しげに見えた。
「森さん?家康はどうして岡崎に住まなかったのでしょう?」
「さて、それは・・・解りませんね。暖かな気候の駿府を選んだのでしょうね、きっと。それに江戸にも近かったし」
「なるほど・・・もし三河地区に幕府を開いていたら、日本の地図は変わっていたでしょうね?」
「それはそうなるでしょうね、面白い発想を話されますね、有紀さんは」
「お褒め頂いているのかしら・・・歴史は好きですのよ、これでも。私は大阪人だから豊臣贔屓だけど、秀頼では天下太平を築けなかったでしょうから、家康でよかったのかも知れませんね」
「そうですね。家康は忍耐力の強い人物だったようです。秀頼には欠ける部分であったようです。こんなお話が出来るなんてちょっと幸せですよ」
「ご案内頂いた場所がそうさせたのでしょうか、なんだか楽しいお話が出来ました。ところで、宿まで送って頂く前に温泉にでも立ち寄りませんか?ご存じないですか?」
「有紀さん、いい事仰いましたね。実はいい場所があるんです。お寺の中なんですが・・・温泉を掘った住職がいて有名なんです」
「へえ、そんな場所があるんですか!是非伺いたいですわ、ねえ仁美さん?」
「はい、興味があります。近くなんですか?」
「直ぐですよ、じゃあ向かいましょう。まだ去年に出来たばかりなんです。一畑(いちはた)薬師瑠璃光如来のお告げにより湧き出たらしいです、ハハハ・・・」
「あら、森さん、信じてらっしゃらないの?罰が当りますよ!」
「脅さないで下さいよ、有紀さん・・・信じればいいのですね、解りましたよ」
「ハハハ・・・なんだか、情けないお言葉ですね。言い伝えはみんなそのようなものですから、信じていれば救われると思いましょう」
「有紀さん・・・たら、調子のいい事言って!あなたこそ罰が当りますよ!」笑いながら、仁美は言った。
少し山手に登った場所に一畑山薬師寺の境内があった。中へ入り、三人は有紀の目的が叶うようにお祈りをしてもらった。温泉へはそのためか無料で入れた。
「入口が別だから、時間待ち合わせして入りましょう。では、30分後に・・・」有紀はそう言って森と別々に中へ入った。源泉が出ている蛇口にコップでお湯を入れて飲めるようになっていた。美味くは無いが、効くって感じられる味に思えた。有紀と仁美は一番大きな湯船に浸かりこれまでの疲れを癒した。
「気持ちいいわね、仁美さん」
「ほんと、温まるわ・・・森さん良くご存知でしたよね、こんな場所?」
「そうね、この辺りでは有名なのかも知れませんね。仁美さんとご一緒に入浴できるなんて、幸せ」
「ほんと?どうして幸せなの?」
翌朝森からメールが入った。
「宿は取れましたよ。来週の月曜日と火曜日の二日間頼んでおきました。キャンセルも延長も可能だそうです。こられる前に一度連絡して下さい」との事だった。
有紀は仁美に電話した。
「仁美さん、おはようございます。今構わない?」
「ええ、仕事中だけど・・・周りに人がいないから大丈夫よ」
「そう、手短に言いますね。来週の月曜から出掛けようかと思うの。平日の方が動きやすいとおもうから。良ければ二人分で宿頼んでおくけど・・・」
「そう、決まったのね!私はあなたに合わせるから何日でも構わないよ。じゃあ、日曜日の夜、そちらに行くから泊めて下さらない?朝一緒に出かけたいし・・・」
「そうね、そうしましょう!じゃあ頼んでおきますから・・・日曜日にね」
森にメールをした。返事があって、予約が完了した。場所が少し不便なので車で迎えに行くからと待ち合わせの駅を指定してきた。森は車で二人を乗せて宿まで連れて行くつもりであった。有紀はレンタカーを借りて動こうと考えていたが、知らない土地でいくらカーナビが着いているからと言っても不安は残る。森は自分が動くから遠慮せずに任せるようにと言ってくれていた。今回は好意に甘えることにしようと仁美にも連絡した。
当日になった。早めに起きて出かける用意を済ませ、二人は新大阪へと向かった。月曜日の東京行きは結構混雑をしていた。ほぼ満席の状態で名古屋に着いた。森から言われていたように、名鉄電車に乗り換え、東岡崎駅まで特急で向かった。初めて見る名古屋の風景は思ったより都会に感じた。電車は熱田神宮を過ぎ、東海道宿場町有松を過ぎ、矢作川を越えて岡崎市内に入り間もなく東岡崎に着いた。
「やあ、お疲れ様。迷わずに来られたですか?」元気な森の声が有紀の耳に入ってきた。
「はい、お世話かけます。こちらは友人の内川仁美さんです。お世話になる森さんなの」
「内川です。厚かましく着いてきました。よろしくお願いします」
「はい、どうぞご遠慮なく。綺麗な方のご友人はやはり綺麗な方ですね・・・いやあ、嬉しいですわ、ハハハ・・・」
冗談なのか、お世辞なのか解らなかったが、仁美には悪い印象ではなかった。
二人を車に乗せて少し市内見物をしてから宿に行こうとなった。森は退職金で思い切って購入したベンツに乗っていた。何も贅沢をしてこなかったが、最後に憧れの車に乗りたいと妻を口説いたらしい。豪華というよりスポーティーで飾らない高級車という感じだった。リヤーのトランクにE320と書かれたエンブレムが代表車種の番号を表していた。
「すごいですね、森さん・・・これってベンツですよね?」
「はい、妻を口説いて買いました。今までで唯一の贅沢です。長年働いてきた自分へのお礼に退職金で買いました。気に入ってるんですよ。すべてにトヨタとは違いますから・・・」
「そうでしょうね。乗せていただいて何となく解ります。安心感がありますね。ふわふわしていない感じですから」
「よくお解かりですね。さすが有紀さんだ・・・前から思っていましたが、容姿だけじゃなく、感性も素晴らしいですね」
「そんなに褒めて頂いても何も出ませんよ、ねえ仁美さん?」
「私もそう感じるときがあるのよ。有紀さんって・・・なにか恵まれているというのか、天は二物を与えているってね」
「仁美さんまで、からかうの?どこにでもいるオバサンだから、私は・・・」
「あなたがオバサンなら、私は何?おばあさん?いやよ、まだそんなふうに思われるなんて・・・」
「お二人とも、他の人が聞いたら怒りますよ、贅沢なこと言って!ってね、ハハハ・・・ほんとうにまだまだいけますから謙遜なさらない方がいいですよ」
「あら、森さんったら、なにがいけるのかしら?変な意味でしたら、奥様に言い付けますから・・・」
「ご勘弁を・・・深い意味じゃないですから。相変わらず厳しいですね。そこがまた素敵なんだけど・・・さて、着きましたよ。ここが徳川家由来のお寺大樹寺です。想いが叶うようにお参りして行きましょう」
三人は境内に入り、手を合わせた。徳川家ゆかりの城下町、岡崎市は愛知県の東南に位置する歴史のある街だ。愛知を代表する赤味噌(八丁味噌)発祥の地でもある。桜が満開の季節は、岡崎城からの眺めも美しく、多くの人で賑いを見せる。
「有紀さん、家康は人質だった幼年期をここで過ごしました。江戸に幕府を開き、駿府城を住まいにしていましたが、岡崎市民には切っても切れない人物なんですよ」
そう話す森は、どこと無く淋しげに見えた。
「森さん?家康はどうして岡崎に住まなかったのでしょう?」
「さて、それは・・・解りませんね。暖かな気候の駿府を選んだのでしょうね、きっと。それに江戸にも近かったし」
「なるほど・・・もし三河地区に幕府を開いていたら、日本の地図は変わっていたでしょうね?」
「それはそうなるでしょうね、面白い発想を話されますね、有紀さんは」
「お褒め頂いているのかしら・・・歴史は好きですのよ、これでも。私は大阪人だから豊臣贔屓だけど、秀頼では天下太平を築けなかったでしょうから、家康でよかったのかも知れませんね」
「そうですね。家康は忍耐力の強い人物だったようです。秀頼には欠ける部分であったようです。こんなお話が出来るなんてちょっと幸せですよ」
「ご案内頂いた場所がそうさせたのでしょうか、なんだか楽しいお話が出来ました。ところで、宿まで送って頂く前に温泉にでも立ち寄りませんか?ご存じないですか?」
「有紀さん、いい事仰いましたね。実はいい場所があるんです。お寺の中なんですが・・・温泉を掘った住職がいて有名なんです」
「へえ、そんな場所があるんですか!是非伺いたいですわ、ねえ仁美さん?」
「はい、興味があります。近くなんですか?」
「直ぐですよ、じゃあ向かいましょう。まだ去年に出来たばかりなんです。一畑(いちはた)薬師瑠璃光如来のお告げにより湧き出たらしいです、ハハハ・・・」
「あら、森さん、信じてらっしゃらないの?罰が当りますよ!」
「脅さないで下さいよ、有紀さん・・・信じればいいのですね、解りましたよ」
「ハハハ・・・なんだか、情けないお言葉ですね。言い伝えはみんなそのようなものですから、信じていれば救われると思いましょう」
「有紀さん・・・たら、調子のいい事言って!あなたこそ罰が当りますよ!」笑いながら、仁美は言った。
少し山手に登った場所に一畑山薬師寺の境内があった。中へ入り、三人は有紀の目的が叶うようにお祈りをしてもらった。温泉へはそのためか無料で入れた。
「入口が別だから、時間待ち合わせして入りましょう。では、30分後に・・・」有紀はそう言って森と別々に中へ入った。源泉が出ている蛇口にコップでお湯を入れて飲めるようになっていた。美味くは無いが、効くって感じられる味に思えた。有紀と仁美は一番大きな湯船に浸かりこれまでの疲れを癒した。
「気持ちいいわね、仁美さん」
「ほんと、温まるわ・・・森さん良くご存知でしたよね、こんな場所?」
「そうね、この辺りでは有名なのかも知れませんね。仁美さんとご一緒に入浴できるなんて、幸せ」
「ほんと?どうして幸せなの?」
作品名:「忘れられない」 第四章 手がかり 作家名:てっしゅう