こんなことって
その場はなんとか納まり、残っていたやつらも「ニカ、またな」とか「女装またしてくれ」とか、不穏な別れ際のあいさつもあったが、気にしないことにした。
それよりも、藤澤。この状況でも笑っている。もともと押しが強いなと思うこともあったけど。そういうところも嫌いじゃない。
「和、藤澤と一緒に帰るんだろ?」
まばらになった教室内で徹が、さも当然というような口ぶりで問いかけてくる。
「一位になったんだから、とりあえず一緒に帰れば? 俺は立花と帰るからさ」
「え? う……え、と。どうする?」
「うん。よろこんで」
やっぱ、さっきの言葉はその通りなのかな? もしそうなら早々に確認をしたいんですが……。どう訊けばいいんだ?
「和、しっかりな」
余計な一言を付け加えて徹が去っていく。
そして、藤澤と二人きり……。少し気まずい。
内心ドキドキとワクワクが同居した気持ちのまま、ふたりきりで下校。
「ごめんな。男どもが調子こいたこと言って」
「ううん。面白かった」
「面白いか? すげぇ悪のりだぞ」
「男同士の会話だなって思って楽しかったよ」
「まぁ、気を悪くしてないならいいけどさ」
つかず離れずの距離。今日は昼からずっとこんな感じの距離だけど、今は男の格好だ。何故かこっちの方が違和感を感じるなんて、女装ってのはヤバいもんだ。
「ねぇ、それより、どこか行く? 私が何か奢るって言い出したんだし……」
その話か……。
「んー、あのさ……、このタイミングで蒸し返すのもアレなんだけどさ」
「何?」
「さっきの……、『うん』っていうのホント?」
多少直球な質問かもしれなかったが、さっきの藤崎の言葉に意を強くしている俺は核心に迫る質問をした。
「うん」
何のことか一瞬分からなかったらしく首を傾げたが、わかったという顔をして答える。
「ゴメンね。こんなこと人前で答えちゃって」
「いや! 俺こそ、突然ゴメン!」
これは、もう言ってもいいよな。返事もらってるようなもんだし。
「俺、前から藤澤の事が好きなんだ。突然だけど、考えてくれないかな?」
「うん。いいよ」
「マジ!? 即答? やり!」
帰って来た言葉が信じられないが事実だ。
そして、込み上げてくるうれしい気持ち。思わず握り拳。
「……わたし、ニカちゃんのこと一年のときから気になってたもん」
「え? でも、藤澤と俺って一年ときは同じクラスじゃなかったよな?」
「うん。ちょうど去年の体育祭で、ニカちゃん、騎馬戦出てたでしょ?」
「ああ、軽いからって騎手にさせられた。っていうか、去年も女装させられそうになったぞ」
忌ま忌ましい思い出がよみがえる。
「そうなの? それは惜しかったね」
「惜しいって……」
去年、同じクラスじゃなくてよかったのかも。
「それで、その時も、今日みたいに可愛いのにカッコよかった」
……なんだか凄くむず痒い。
「いや……それは、どうも……」
可愛いのにカッコいい……。俺は今まで、かわいいと言われることがコンプレックスだったけど、藤澤のおかげでそれは問題じゃないと思えてきた。
確かに、女装は今でも別にやりたくはなかったけど、これがきっかけになったのは事実なんだから、こんなことってあるんだなと、夕焼けの秋空を彼女と一緒に帰りながら、少しだけありがたい気持ちになった。
そして、つきあいだしてからわかったことだけど、彼女は自分で作った服でコスプレをしたりしてて、たまに俺に女装を要求してくる。
彼女の部屋で彼女の用意した女物の服を着るなんて、客観的に見れば倒錯的だけれど、断ることができないのは、俺に女装癖があるなどと言うことではないことだけは断言しておきたい。好きな人の頼みごとは断れないだけだ。それだけだ。そう、それだけ。……多分。
最近は、ブラまで付けて本格的になってきているけれど、それも気のせいだと言い聞かせている。妙に化粧にまで詳しくなってきたけど、それも気のせいだと思っている。
来年の体育祭ではどんなことが起こるのか怖くて仕方がない。
《終》