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城咲らんる
城咲らんる
novelistID. 32793
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終わらない僕ら

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【5】 KANAME−回想−



 小5の春、俺と雪弥は初めて同じクラスになった。
 御堂要と真中雪弥。出席簿での順番も近く、1学期の席は俺の前が雪弥だった。
 雪弥は純粋を絵に描いたような奴だった。それに引き換え俺は、どうしようもなく冷めた小学生だったと思う。
 両親からも周囲からもちやほやされて育った俺は、小学生にして世渡りの術を熟知していた。笑顔で素直な子供を演じればいい。先生だってクラスメイトだって扱いは同じだ。いい子を演じていれれば、誰でも慕い、褒めてくれる。
 雪弥とはそれまでまったく接点がなく面識もなかったが、俺が抱いた彼の第一印象は、とにかく『良く笑う奴』だった。正直苦手なタイプで、内心あまり関わりたくないと思っていた。屈託のない笑顔と、汚れのないまっすぐな瞳が、俺には眩しすぎた。

   * * *

「要君、顔色悪いよ。大丈夫??」
 2時間目の授業中だった。プリントを手渡すために振り返った前の席の雪弥君が、僕の顔を覗き込んで顔を曇らせた。
 確かに今日は今朝から調子が悪かった。熱っぽさと気だるさ。軽い頭痛もあった。けれど、たいしたことはないと自分に言い聞かせ、家を出た。人に心配を掛けるのが好きではなかった。自分で解決できる問題なら極力人に頼りたくないとも思っていた。
「平気。大丈夫だから」
 得意の笑顔で答えると、彼は納得のいかない表情のまま、すごすごと体を正面へと戻した。しかし、次の瞬間。
「先生! 御堂君が具合悪そうなので、保健室に連れて行ってもいいですか?」
 僕の心臓は大きく飛び上がったのだった。
「行こっ!」
 先生の許可を得た雪弥君は、半ば強引に僕の手を握り立ち上がらせた。体調が悪いせいで、抵抗する気力すらなく、僕は彼に手を引かれたまま、保健室へと連行されたのだ。

 保健室には誰もいなかった。
「あれ? 先生いないや。呼んでくるから座って待ってて!」
 保健室にある椅子に僕を座らせ、雪弥君は職員室へと駆けて行く。
「はぁー」
 一人になった途端に、深いため息が漏れた。やはり苦手だ。つくづくそう思う。やたら熱血漢で、感情のままに動く彼が、僕はどうも苦手だったのだ。握られていた手に、まだ温もりが残っている・・・。
 ほどなくして、彼が戻ってきた。
「先生すぐ来れないからベッドに寝ててって」
 2つ並んだベッドの片方の掛け布団をめくり、僕に横になるよう促す。僕は観念して布団へと体を滑り込ませた。とりあえず1時間だけ休ませてもらおう。3時間目の授業から教室に戻ればいい。そう思った。
「僕はもう大丈夫だから、雪弥君は教室戻りなよ」
 とにかく彼を遠ざけたかった。彼といると余計に頭痛が酷くなるような気がしたのだ。それなのに。
「ううん。先生に戻るまで傍にいてあげてって言われたから」
「あ、そう・・・」
 僕の計画はあえなく失敗に終わった。ベッド脇の椅子に座りじっとこちらを窺っている雪弥君に背を向け、僕は先生の帰りを切に願った。すると、「ねぇ?」と控えめで小さな声が聞こえてきて、僕は仕方なく返事をする。
「何?」
「どうして我慢するの? 具合悪いならそう言えばいいのに」
「我慢なんてしてないよ。本当にたいしたことなかったんだ」
「ウソ。辛そうだったもん」
「でも平気だ」
 埒が明かない。僕は布団を頭までかぶり、会話を終わらせようとした。
「・・・けど、僕は心配だったよ・・・」
 ひどく寂しげな声だった。けれど、ひどく神経を逆撫でする声でもあった。僕は体の向きを変え、雪弥君の顔を睨み付けた。
「どうして? 放っておけばいいじゃん。雪弥君には関係ないんだし」
 言ってからハッとした。どうして僕はこんな事を言ってしまったのだろう。彼はただ、親切で言ってくれただけなのに。どうして僕は、いつもこうやって捻くれた感情で相手を捉えてしまうのだろう。
 案の定、雪弥君は今にも泣きそうな表情で僕を見つめていた。泣くまいとしているのか、口元をきつく結んでいる。腹が立った。自分自身に。こういう時、素直に謝ることもできない自分に、更に苛立つ。
「・・・僕、要君と同じクラスになれて嬉しかったんだ。席も近くて、友達になれるかもって・・・思って・・・」
 弱々しい声に胸が痛む。けれど、口をついて出た言葉は、彼をさらに傷付けるものだった。
「がっかりしただろ?こんな奴で。そいうの迷惑だ。僕のこと何も知らないくせに・・・」
 本心だった。何も知らないくせに、憧れと理想を押し付けられるのが嫌いだった。良い子のフリをしている僕しか知らないくせに、僕の中身になんて関心も示さないくせに。
(僕はそんなに綺麗じゃない。優秀でもない。良い子でもない。本当の僕はそんなんじゃない―――!)
 愛想笑いで誤魔化せば済んだのに、何故僕は彼に身勝手な八つ当たりをしてしまったのだろう・・・? 感情が昂っているのか、鼓動が早く息苦しい。沈黙がとても長く感じる。雪弥君の言葉をひたすらに待った。怯えながら。すがるように。 
「何も知らないよ・・・だから友達になってたくさん話して・・・要君のこともっと知りたかったんだ・・・」
 泣いてしまうかと思ったのに、彼は泣いてはいなかった。むしろ、強い眼差しで僕を見つめ返し、おもむろに椅子から立ち上がると、僕の顔に自分の顔を近づけてきた。潤んだ瞳がキラキラと輝いている。
「――― っ!」
 みるみる顔が近付いてきて、思わず目を瞑る。キスされるのかと思ったけれど、触れたのは唇ではなく、おでこだった。
「・・・お母さんがこうやって熱測ってくれてたんだけど・・・なんか良く分からないや」
「・・・雪弥君の方が熱いんじゃない?」
「あ、そういえば僕、人より体温高いんだって」
「確かに、あったかい・・・」
 額をくっつけたまま、どちらともなく笑い合う。不思議なくらいに心が和いでいた。額から、雪弥君の温かい心が流れ込んでくるようで、胸がつまり泣きそうになる。
「ねぇ、友達になっちゃダメ・・・?」
 遠慮がちだけれど、甘えを含んだ声がなんともこそばゆい。
「ダメって言ったら、諦めてくれる?」
 素直になりたいのに、何故だか天の邪鬼な自分が顔を出す・・・。きっとどこかで信じているのだ。彼が僕に望み通りの言葉をくれるって。
「う〜ん・・・たぶん諦めない。だって要君、僕がいないといっぱい我慢して無理しちゃいそうだから」
 ほらね。
 嬉しい気持ちを押し殺して、僕は言う。
「僕は平気だよ」
「ほら、また」
 雪弥君が額を離し、椅子に腰掛けた。
「・・・きっとすぐ嫌いになるよ。本当の僕は嘘つきだから・・・」
「ならないよ。要君は僕のヒーローだもん」
 さっきまで目に涙を溜めていたのが嘘のように、彼は無邪気にはにかんだ。
「ヒーローなんかじゃ・・・」
「僕にとってはヒーローだからそれでいいのっ! で、僕は要君だけのヒーローになるんだ。要君が苦しい時は、僕が一番に気付いて助ける!」

 だから友達になろう―――。

作品名:終わらない僕ら 作家名:城咲らんる