終わらない僕ら
【1】 YUKIYA
このモヤモヤとした感情は一体何だろう?
親友の御堂要に彼女が出来た。昼休みにその話を聞いた途端、『ソレ』は襲って来た。
親友に先を越されて焦っているのか?
確かに、高校2年の僕:真中雪弥に彼女はいない。これまで付き合った経験すらないけれど、特に好きな子がいるわけでもなかったし、要や他の男子とつるんで騒いでいることの方が楽しくて、それに焦りを感じたことは一度もなかった。
でも、今回一番身近で仲の良い親友に恋人ができた。そのことが、僕の中に何らかの変化をもたらしたのかもしれない・・・。
要は以前から女子に人気があった。告白だってよくされていたし、彼を慕う女友達も多かった。けれど、特定の人と付き合うことはなくて、恋人どころか女友達もいない僕といつも一緒にいてくれた。
(・・・そうか。これからは、放課後や休日、休み時間でさえ、一緒にいられなくなるかもしれないんだ・・・)
胸の奥が、一瞬キュッと縮んだような気がした。
確かに焦りは感じている。けれど、それは先を越された焦りではない。これは・・・こんな感情は、本来抱いてはいけないものなんじゃないかと思う。祝福してあげなくちゃいけない。二人の関係を邪魔しないように、時には気を利かせたり、遠慮だってしなくちゃいけない。
それなのに。
僕はそれが嫌だった。要との時間がなくなるのも、要が僕ではない、他の人と過ごす時間が増えるのも、要に大切な人ができるのも、要の隣に僕の居場所がなくなるのも、みんなみんな嫌だった。
僕は・・・要が僕から離れて行ってしまうことに、焦りを感じていたのだ。
それを自覚した瞬間、自分自身が汚らわしいと思った。同性で、しかも友人に対して、こんな感情を抱くなんて。
(僕は、要の彼女に嫉妬している・・・)
思わず顔をしかめた。唇を噛み締める。
違う。そうじゃない。きっと、一時的なものだ。要は親友で大事な人だから、一時的に動揺してしまっただけ。
数日経てば、きっと元通り。彼女といちゃつく要をからかって、僕たちの日常会話は、昨日観たテレビの話やくだらないバカ話から、要と彼女ののろけ話を聞くところから始まって、その割合はどんどん増えて・・・。
鼻の奥がツンとなって、目頭が熱くなった。
泣いてしまいたかった。机に顔を突っ伏して、泣いてしまいたかった。
けれど、今は5時限目の授業中だ。静かな教室には、先生が黒板にチョークを走らせる音だけがやけに大きく響いている。
クラスメイトたちはその黒板の内容を、ノートに書き写していた。もちろん、昼食後すぐの授業だ。ノートをとっているフリをして、昼寝をしている者もいるし、携帯電話をいじっている者もいる。
溢れそうになる涙をかろうじて堪え、僕はぼんやりと、教室の様子を眺めた。僕の席は廊下側の一番後ろだ。黒板は遠いけれど、視力は良好だから支障はない。何より、背後に誰もいない最後列の席は気楽で落ち着く。
窓側の前方へ視線を向けると、要の姿が見えた。左手で頬杖をつき、窓の外を眺めているようだった。もしかしたら、眠っているのかもしれない。
僕はそんな要をそっと見つめた。
小学5年の時、初めてクラスが同じになって、よく話すようになった。要は以前から学校の人気者で、女子からも男子からも好かれていた。成績もよく、運動神経もいい。顔も整っているのに、誰にでも優しくて嫌味がない。そんな要の友達でいられることが嬉しかったし、誇りだった。
その後、中学3年生まで奇跡的に同じクラスで、高校も見事同じ志望校に二人揃って合格することができた。思えば、なぜ要はもっと上の高校を選ばなかったのだろう? 彼の学力なら選択肢はもっとあったはずだ。実際推薦の話もいくつかあったのに。
去年は別のクラスだった。でも、通学も休み時間もほとんど一緒にいたから、特に気にはならなかった。
そういえば、要の彼女は、1年の時に同じクラスだった子らしい。名前を言われてもピンと来なくて、顔を見て思い出した。当時学級委員長だった要とよく話をしていた、副委員長の子だ・・・。
ストレートの髪がいつもサラサラと風に揺れていて、整った顔立ちの、キレイな子だった。利発そうな雰囲気もあって、要ととてもお似合いだと思った―――。
その時、自分の中の熱が、静かに引いて行くのが分かった。
受け入れる覚悟ができたのだと思う。第一、こんな身勝手でくだらない感情のせいで、要の恋愛を邪魔してはいけない。
今度彼女に会ったら、明るく挨拶をしよう。「要をよろしくね!」そう言って笑おう。
大丈夫だ、ちゃんと笑える。自分の汚れた感情は忘れて、要のためを思えば、きっと苦じゃない。
その時、僕の決意を後押しするかのように、授業終了のチャイムが鳴り響いた。