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BAD COMMUNICATION(前篇)

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 なんだかなあ、コイツには俺の心を全部見透かされてるみてぇな気になる。それは心地よくもあり、時々悲しくもある。
「いいんだよ。俺は俺の嫌いな自分に吸わせているんだから」
 少し投げやりな調子でいってみた。
「勝手にしろ、ばか」
 高山の少し呆れたような横顔に、一瞬決心が鈍りそうになる。
「ああ、勝手にするとも。それとさ、勝手ついでに、俺ここを出ていこうと思うんだけど」
 笑ってそう言おうと思ったけど、顔が引きつってうまく笑えなかった。
「却下」
 高山の顔から、表情が消えた。
「そう言いだすだろうと予想はしていたが、お前がここから出ていくことは許さない。お前が嫌だというなら俺が出ていく。どうせ明日から海外だ。なんなら今からでもここを出て、今夜は空港のホテルにでも泊まればいい」
抑揚のない高山の声色に、俺は一瞬焦りを覚えた。
「嫌とか、そういうんじゃなくて、ちょっと戸惑っていることがあって、それで少しお前と距離を置きたいつうか……。ちょっと一人で考える時間がほしいんだ」
 高山の表情に一瞬過ったのは……痛み……なんだろうか。
「だったら、ここで考えればいい。俺の出張期間中は、お前も休暇ということにしておく。今まで休暇らしい休暇も取らせてやれなかったからな。まあ、一週間もあれば充分だろ。好きなだけ考えろ」
 湿った空気に、せっかくの夜景もどこかどんよりと霞んで見えた。バカみたいに賑やかな街の喧騒とは裏腹に、泣き出しそうな夜の空には、星が一つも見えなかった。
 不意に背後から高山に抱きすくめられた。心臓が跳ねる。
「あ……あのっ……高山?」
抱きしめられ、肩のあたりにかかる高山の吐息が、妙に艶めかしくて、どぎまぎとしてしまう。
「全面的に俺が悪い、それはわかっている。お前の気持ちも考えずに、俺の気持ちばかりを押し付けているのもわかっている。だが、こればかりはどうしようもない、自分で自制がきかないんだ。ごめん、慎」
 思いつめたような少しくぐもった、耳に落ちる高山の声が、なんだか切なかった。
「高山、お前も水瀬先輩のことが好きなんだろ? 俺のほうこそ、ごめん。お前の気持ちに気づいてやれなくて」
 思い切ってそう切り出すと、
「はい?」
 背後で間の抜けた返答があった。
「えっと……だから、高山お前は、水瀬先輩のことが好きなんだろ? よりによって、お前と同じ人を好きになっちまうなんて、俺もついてねえよな」
 そういった俺の背後で高山の動きがぎこちなく止まり、俺を抱きすくめていた腕が力なく落ちる。
「慎、お前は……水瀬のことが好き……なのか?」
 抑揚のない声色でそう問われ、
「ああ、好きだ。一目惚れだったよ」
 と答えた。そういって振り返ると、高山の瞳に痛みの色が滲んで、涙が盛り上がった。
「ちょっと待て、なんでお前が泣くんだよ。泣きたいのは、俺のほうだっつうの」
慌てて高山のそばに駆け寄ると、きつく高山に抱き締められた。
「なんで俺じゃない? 慎」
(うーむ。対処に困る)
想定外のコイツの反応に俺は今、完全にパニックに陥っている。
「高山、それってどういう……こと?」
 そう高山に問う俺の唇が、情けなくも震えていた。
「お前が好きだ。慎」
一瞬、言葉が理解できなかった。
 茫然とその場に固まっている俺の頬を、高山の掌が包み込んだ。降りてきた高山の唇が、微かに震えて、不器用にそれが重なる。
 そして俺は気づく。
 その軽く触れるだけのキスに、どれほどの高山の想いが込められていたのかに。
 
キスの後で、無言のままに俺の横を通り過ぎていく高山を、俺は引き止めることができなかった。
 主の去った、だだっ広い部屋は、がらんとして落ち着かない。リビングの隅っこで体育座りをしていると、なんだか泣きたくなってきた。
「あの……あれだ。俺はノーマルだよ? 女の子大好きだし。水瀬先輩のこと好きだし……」
 気分を変えようと、なんとなく独り言を呟いてみた。
(大体、男に告られて、即答できるかっての!)
そしてそんな自分に、更に突っ込む。
(ちょっと待て、俺! 俺、ノーマルだよな。ノーマルだったら、即答で、しかも全力で拒否らなきゃいかんだろうがっ!)
そういえば、なんで俺、あいつとキスしちまったんだろう。びっくりしていたというのはあるけれど、この女顔の所為で、俺は男に言い寄られるという状況には、結構しばしば遭遇する。なので男に言い寄られたり、キスされそうになったのは、なにも今日が初めてではない。そんな時のためにこそ、武道に勤しみ、数々の男難を乗り越えてきた実績があるわけだ。
しかし……だ。高山の場合は違った。抱きすくめられて、体が動かなくなったのだ。
しかもキスの瞬間に、
(あっ、男同士でも、唇って結構柔らかい)とか思ってしまった自分が、もはや信用できない。
(ここにいては駄目だ。速攻で立ち去らねば)そう、心のどこかが、ひどく警鐘を鳴らしている。誰でもいい、とにかく女。女と会わなきゃ。あわよくば会って、Hしなくちゃ。そしたらきっと忘れられる。これは気の迷いだ。そう、そうに決まっている。
「あーもう、ろくなことねぇな。今日はもうとっとと風呂入って、寝よ」
高山がいないので、わざわざ風呂を沸かすのも億劫で、簡単にシャワーを浴びて、ベッドに大の字に寝転がってはみたものの、目が冴えてなかなか眠ることができなかった。ようやく眠ることができたのは、夜も白みはじめて、小鳥の囀りを聞くころだった。

薄い微睡のなかで、携帯のバイブが低く唸っていた。覚醒しきらない朦朧とした意識の中で電話をとった。
「もしもし」
 しまった。モロ、寝起きですって、声が出てしまった。会社関係だったら、まずいなあと一瞬後悔したが、後の祭りだった。
「如月君」
 電話の主は、水瀬先輩だった。一気に意識が覚醒する。
「あのっ、えっと……はい、如月です」
 慌ててしまって、なんだかわけがわからない返事をしてしまった。
「今起きたのね、すごい声だったわ」
 水瀬先輩が電話越しに笑っている。
「せっかくのオフに電話してしまってごめんなさい。重役会議の資料の件で、如月君に少し聞きたいところがあって」
なんだか、砂漠で野垂れ死にそうになっている旅人の前に、そっと水瓶を差し出す、女神様が現れたような心境だ。
「電話じゃ分かりづらいと思うので、もしよかったら、今からでも出勤しましょうか?」
 俺は藁をもすがる気持ちだった。
「そうしていただけると、とても助かるのだけれど……でも、なんだか申し訳ないわ」
 電話越しに、彼女の申し訳なさそうな声が伝わった。
「いえ、いいんです。どうせ一人で暇してたわけですし」
 俺は必死だった。
「そう? ありがとう。じゃあ、お礼に私が夕飯をごちそうするから、期待してて」
 よっしゃー! 運命の女神様は、俺のことを見捨ててはいなかったんだ。
俺は携帯を握りしめたまま、ガッツポーズを決めた。
作品名:BAD COMMUNICATION(前篇) 作家名:抹茶小豆