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BAD COMMUNICATION(前篇)

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 なんだかいい匂いが鼻をかすめた。香水なのだろうか? だけどこの匂い、確かに昔どこかでかいだことがある。優しい気持ちと胸を締め付けるような切なさが同時に胸に満ちて、一瞬脳裏に浮かんだその面影に、また泣きそうになって、俺は抱き枕にしがみついた。
(うん? 抱き枕?)
「うおおおお!」
 目を開けて、俺は顔面蒼白になり、びっくりして後ずさった。結果、ベッドから派手に転落し、強かに腰を打った。
「い……痛っつう」
「朝から一体、何を騒いでいる? 慎」
 高山は不機嫌に、のっそりと上半身を起こした。
 半裸である。
「おっ……おまっ……なんで裸?」
 高山は無造作に目にかかる黒髪を苛立たしげに、かきあげた。
「俺はいつもだけど?」
 作用でございますか。俺は高山の薄く筋肉のついた黄金比率な完璧ボディーに、なんとなく落ちつかない。同じ男同士とはいえ、視線のやり場に困ってしまう。
「ち……ちなみに、なんで俺、お前と同じベッドで寝てるの?」
「あいにくこのマンションはとりあえずの仮住まいで、客用のベッドをまだ用意していなかったのでな。お前が昨日ソファーで寝てしまったから、わざわざ運んでやったんだ。ありがたく思え」
(いや、おかしいでしょ。成人男子二人が同じベッドで、朝を迎えるって……)
そんな俺のツッコミが、コイツに届かないことは知っている。高山は悪い奴ではないのだが、どうも世間の一般常識には疎いという欠点がある。
「それより、慎」
 高山は俺に向かって、手招きした。
「今はまだ朝の6時だぞ。あと一時間は眠れる」
 高山はベッドの自分の横のあたりをぽんぽんと叩いた。
(寝てたまるか!)
「あっ、俺、朝飯作るわ。泊めてもらったお礼によ」
 なんとか口実をつくり、俺は二度目の添い寝を丁重にお断りした。
「そうか」
(うん? なんか若干お前、残念そうな顔してねえか?)
 冷蔵庫を見渡すと、予想通りなにも食材らしきものは入っていなかったので、俺はコンビニに走った。
 簡単な野菜スープを手早く作り、マンションのすぐ近所にあるベーカリーで買ってきた焼きたてのクロワッサンを温めた。後はコンビニで売っていたシャウエッセンのウインナーを茹でて、スクランブルエックを作り、野菜と果物を添えると出来上がり。まあ、ありふれた朝食なのだけれど、所詮男の俺が作るものなんて、この程度だ。
 コーヒーは高山が淹れてくれて、俺個人的には結構美味い朝食だったと思う。
後片付けを高山に任せて、俺は一度自宅に着替えに戻ることにした。

「えっと……高山……じゃなかった……あのっ、社長、本日のスケジュールは……」
 昨日総務からあがってきた、本日の高山のスケジュールを一応読み上げてみる。
「あー、もう、まだるっこしい。よこせ慎」
そういって高山は、俺からスケジュール表を奪い取った。
「なにこれ」
高山が柳眉を顰めた。
「へ?」
俺は横から高山のスケジュール表を覗き込んだ。ちょうどA4用紙の三ページ目に、付箋が張ってあった。ミニチュアダックスの付箋に、女の子らしい可愛い文字でメッセージが書かれてあった。
『お疲れ様です。如月くん。もしよかたら会社の近所にとても美味しいフレンチがあるのだけれど、お昼休に一緒に行きませんか? 水無瀬』
「よっしゃー!!!」
 俺はその場で飛び上がって喜んだ。
高山がそんな俺の襟首をむんずと掴む。
「なにすんだよっ」
 俺は首だけで、振り返り、高山を見た。
高山の視線の冷たいこと冷たいこと。
「おい、慎。お前、一応、俺の秘書だよなあ」
しかも声のトーンが明らかに低い。
「そりゃあ、まあ一応そういうことになっているわな」
 俺は唇を尖らせた。
「だったら、お前に昼休なんて、永遠にやらねぇよ。一生馬車馬のごとく俺の為に働きやがれ」
 高山君、笑っているよね。ほんと爽やかに。だけどなぜだか目が、とっても血走っているね。
「そうそう……。ちなみに、お前の荷物、俺のマンションに運ばせといたからな」
 とってつけたかのごとくに高山がそう言った。
「は? 何言ってんの? お前」
きょとんとする俺の前に、高山は膨大な資料をドカッと置いた。
「なにこれ?」
「もちろん、早急にお前に覚えてもらわなきゃならん仕事の内容だ。とにかく時間がないから、お前にはしばらく俺のマンションに住み込んでもらい、俺がマンツーマンで仕事を教える。これは命令だ、わかったな。慎」
「なっ、なんですとぉぉぉぉ!!!」
 俺は悲しき雄たけびをあげるが、かつての友であろうが、好敵手であろうが、現在は、社長と秘書。悲しきサラリーマンの俺には逆えようはずがなかった。

秘書、その仕事は多岐にわたる。掃除洗濯に始まり、食事の準備に至るまで……って、これなんかおかしくね? 公私混同も、はなはだしくね? っていうか、絶対にいつの日にか、労働基準局に訴えてやると心に誓いながら、俺は日々の業務に励んでいた。
「おい、てめぇ、今日は重役会議だったよな放っておくと、お前、絶対に昼飯食わねぇから、弁当作っといた。時間なくても、会議始まる前にちゃんと食っとけ。ちなみに最近野菜不足しがちだったから、野菜ジュースもつけといたからな! 残さずに飲め」
菅原文太並みの渋い声色と目つきでそういって、俺は高山に弁当を渡した。今日は高山は重役会議なので、俺とは別行動だ。
玄関の石畳の上で、靴を履き終えた高山が、じっと俺を見つめている。
(うん? なんだかコイツ薄っすらと顔が赤くね?)
「なに?」
俺が訝しげに奴に問うと、
「わ……忘れ物だ。いいから、さっさと目を閉じろ」
そういって、高山の掌が俺の顔を包みこんだ。
(うーん、何忘れたっけ? 目を閉じて思い出せってことか?)
 俺は合点して、目を閉じた。
そして思い出す。
「そうだよ、今日生ゴミ出す日だったんだよ」
ぽんと手を打って目を開くと、目の前に高山の顔のドアップがあった。
「うおおおお! なんだよ。あんまり顔近づけるなよ。びっくりするじゃねえか。おっと、それより……」
そういって俺はベランダから生ゴミの袋を持ってきて、高山の手に握らせた。
「よろしく頼む」
そう言って見送った、なぜだか高山の顔が引きつって見えた。

 フロアに響くチャイムの音が昼休を告げた。
「よーっしゃ、一息つくべ」
 誰もいない社長室でパソコンと対峙しながら、俺は伸びをした。各部署から送られてくる高山宛のメールをチェックし、整理する。代理で返信できるものには返信し、会議で使いそうなものはあらかじめ印刷してファイリングしておく。一見雑用っぽいが、その実、
雑用なのである。しかしこれが結構大変で、高山の意思を汲んで、先に先にと動かねばならないし、ちょっとしたミスが、会社にとって致命的なダメージを与えかねないので、気が抜けない。
 なんだかんだで、仕事もさることながら、一番気を使うのが、高山の健康面だったりする。確かに俺も馬車馬のごとくに高山にこき使われているが、高山の忙しさはそれの比じゃない。放っておくと、飯も睡眠も忘れて仕事に没頭し、この間なんて、やけに風呂が長いなあと思って覗いてみたら、湯船の底に沈んでいやがった。幸い発見が早かったので、ビンタ三往復で意識を取り戻したが、
作品名:BAD COMMUNICATION(前篇) 作家名:抹茶小豆