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てっしゅう
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「忘れられない」 第三章 仁美の想い

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第三章 仁美の想い


食事をしながら再び裕美は続きを話さなかった。辛かったのだろう。これ以上聞くのも気の毒な感じがして有紀は尋ねることを辞めた。裕美も同じような感情を抱いたのか有紀に明雄の事を聞くのは辞めた。また話をする機会を作ろうと言いあって、夜遅くにお開きになった。

自分の部屋に戻って来て、服を着替え少し冷えた身体を熱いシャワーで温めながら、振り返っていた。
「裕美さんの心の傷は深いようね。立ち直るまでに時間がかかりそうだけど、今度は本当に心から愛せる人を見つけて欲しいわ。私は自分の想いを貫くしかないから、明日から何とか連絡する方法を探さないとね・・・また時間が過ぎて行きそう。明雄さん、逢えるよね?逢いたいよね?有紀のこと絶対に好きだよね?負けないから、自分のやりたいことがはっきりと解ったから、夢は諦めなければ必ず叶うって、カレンダーに書いてあった。叶うまで諦めたくない・・・諦められない・・・」

独り言のように呟き明雄への強い想いを今更に心に刻み込んだ。シャワーの水滴をはじくような肌から、流れ落ちるように変化はしているが、まだその白さとしみのない滑らかさは残っていた。どんな50歳にも負けない容姿と肌・・・それに少女のような恋心を併せ持った有紀は、男性の目からはまだまだ憧れのマドンナに映っているだろう。しかしそのすべてを射止めることが出来るのは明雄ただ一人だけである。たとえ明雄がその権利を放棄してももう誰にも与えない覚悟をしている有紀でもあった。

今は自分がやれる明雄への想いを若さを保つことに転嫁して励むことにしよう・・・シャワーを終えてそう誓った。
バスタオルを巻いてベッドに座り、ベッド横のカウンターに置いていた携帯を見た。着信の表示がある。手にとって開いた。

「森さんからだ・・・なんだろう。久しぶりに来たわ」

ここから状況は思いがけない方向へと向かってゆく・・・

有紀はメールを開いた。

「お元気にしていますか?急な話なんですが、神戸に嫁いでいる娘から誘われて、クリスマスに孫たちと一緒に新しく出来たユニバーサルスタジオとやらに行くことになりました。時間が出来るようでしたら、食事でもしながらお話しませんか?お返事待っています」

森からのお誘いメールだった。
「ユニバーサルスタジオ・・・か。そう言えば去年出来たばかりのような気がする。クリスマスに娘さんとお孫さんご一緒に遊びに行かれるのか・・・楽しみだろうな。それにしてももうクリスマスになるのか・・・」そう考えて、メールに返信した。

「メールありがとうございました。お孫さんとご一緒ですか?楽しみですね。私はいつでも暇をしておりますので、都合は合わせます。日にちが決まったら教えてください・・・有紀」

湯沢温泉でのカラオケを思い出した。そしてそのときに唄われていた、あの歌の歌詞を。切ないそのメロディーと、どこと無く印象的な言葉が耳から離れなかったことを。夢の中に隠しながら〜♪、そういえば明雄の身体に触れようとしていたこともあった。この30年間はずっと夢の中だったから、隠しながら触れると言う歌詞が自分と重なり、感動した。愛の深さ、愛の重さ、愛の大きさ、そして永久に消えることの無い強い想い、すべてが明雄から教えられたことなのだ。

翌朝森から返事が来た。
「お返事ありがとうございました。楽しみにしています。では、25日の昼に有紀さんの都合の良い場所に伺います。連絡してください」
直ぐに返事をした。
「お泊りはどちらですか?娘さんの家でしたら最寄の駅名教えてください。ホテルでしたらそちらまで伺いますから・・・有紀」
返事が来る。
「ホテルです。オークラ神戸ですが、来て頂けるのでしょうか?遠くないですか?」

もちろん遠いが、気ままにしている自分の方から出向くのが礼儀だと「はい、伺います」と返信した。


25日は朝から肌寒い日になっていた。夕方ぐらいからは雪に変わるような天気予報でもあった。
厚着をするのは嫌だけど、着込んで行かないと帰りが寒くなるだろうと、一枚余分に羽織って出かけることにした。

「若い頃なら、肌を見せたお洋服着て出掛けられたのに・・・今はもう恥ずかしさというより寒さ対策って感じるから、嫌よね・・・こんな時だけは歳を感じてしまう・・・」心の中でそう思っていた。パンツの下にはストッキングを穿いた。コートを手に持って玄関を出た。エレベーターホールのところで裕美に出会った。

「おはようございます。有紀さんお洒落してお出かけですか?」
「おはよう、裕美さん。そうなの、名古屋から知り合いが来てるから、会いに行くの・・・もちろんご夫婦の方よ」
「そうでしたか・・・今日は寒くなりそうなので気をつけて出かけて下さいね」
「ありがとう。帰りに良かったらクリスマスだから、ワインでも戴きましょうか?ご一緒に」
「そう!母も喜びますわ。じゃあ、メールして下さい。家に今日は居ますから」

扉が開いて一緒に乗り一階で別れた。手をずっと振っていてくれた裕美の姿が可愛く感じた。傷の疲れも癒えたのか、よく見ると今時の20過ぎの綺麗なお嬢さんに感じる。きっと良くモテていたのだろうなあ、と感じた。寝屋川市駅から急行で終点淀屋橋駅まで乗り、地下鉄で梅田に出て、神戸に向かった。さすがに平日とはいえクリスマスなので着飾った女性が多く見られた。時折聞こえるジングルベルや赤鼻のトナカイなどの音楽が寒空に一層の季節感を与えてくれる。

電車は三宮駅を過ぎた。

タクシーでホテルに向かう前に電話を入れた。
「有紀です。今元町駅に着きました。今からタクシーで向かいますから、ロビーで待っていて下さいませんか?」
「解りました。すぐに降りてゆきます」

森夫婦はもう一日宿泊して大阪見物をしてから帰る予定にしていた。ロビーにまもなく到着した有紀を見て、手を振って呼びかけた。
「有紀さ〜ん!こちらです・・・」
「森さん!お久しぶりです。会えて嬉しいですわ」
「本当に・・・今日は妻共々楽しみにしていたんですよ」
「私もメールを頂いてからは、お会い出来る日を心待ちにしておりました」
「有紀さんは、相変わらずお綺麗ですなあ・・・お一人だなんてもったいないことです、なあ、多恵子?」
妻に向かって森は相槌を求めた。

「ええ、そうですね。でもあなた・・・お考えがあっての事でしょうから、失礼にならないようにお話しないといけませんよ」
「奥様・・・構いませんのよ。わがままで一人暮らしを続けているのですから」
「お互いにせっかく知り合ったのですから、何でもお話が出来るといいですね。まずは、ランチに行きましょう。ホテル内で採りますか?外に出ますか?」
「そうですね。外は結構寒くなってきましたから、ここのレストランにいたしましょう」

有紀の提案で最上階のレストランでランチを採る事にした。ホテル内も至る所でクリスマス飾りがあって、音楽と共に聖夜を招くように演出している。
「有紀さん、今夜はクリスマスの夜ですね。どうされるのですか?」