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千歳ちひろ
千歳ちひろ
novelistID. 29762
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無題(仮)

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「やばいやばいやばい……っ」
 半分泣きそうになりながら、表面を覆う電磁フィールドを少し厚めにした手で生い茂った草木を掻き分けていく。もちろんのこと、その声を聞く人は今はいない。つい先ほどまで「KK、KK!」と彼女のコードを呼び続けていた通信も、今は完全に途絶えてしまっている。端的に言って、非常にやばい。
 『奇跡』とまで言われた今回の最終試験参加、万難を排して挑戦したというのに、こんなしょっぱなから、こんなことで合格という野望が潰えてしまっていいのだろうか。いいわけがない。このままではクラスの皆に「やっぱりね~」と言われてしまうこと必至だ。「どじっこクイーン」の称号を叩き返すためにも、どうしても試験を突破しなければならない。いや、そんなことよりも。
 この未開惑星に、自分たちが属する文明の痕跡を残すわけにはいかないのだ。将来それがオーパーツ扱いでもされてしまったら、やばいなんていうレベルでは済まされなくなる。
 更に言えば、あれを回収しなければ、衛星軌道上にとどまっている母船との通信も一切行えない。文字通り、バックアップを得るための生命線なのだ。幾ら試験課題は未開惑星でのサバイバル、過剰なバックアップを依頼すれば即脱落という制限が設けられているとはいえ、まったく受けられなくなるのでは話が違ってくる。そもそも通常の惑星探査であっても、母船からのバックアップは当たり前に受けられるものだ。それが受けられないとなれば試験脱落どころではない、生命の危機だ。
 なんとしてもあれを回収しなければ。下手したらこの惑星に屍をさらすことになりかねない。
「大体っ、試験ならっ、型落ちの装備なんかで……やるなっていうのよ……!」
 試験官の話では、それも込みでの試験、だそうだが。そりゃ確かに、惑星探査はかつての栄光も跡形ない今や零細プロジェクトの一つだ。潤沢な予算など期待できないだろうし最新装備なんて夢のまた夢だ。だが、それにしたって。
「惑星保全法、からすればっ、完全にっ、違法じゃんか!」
 密かにでもそれがまかり通ってしまう悲しい現実というのも、学ぶ途中で判ってきた姿ではあるのだが。
 上乗せされた悲しみ成分をぶんぶんと首を振って追い払う。悲観的になっている場合じゃない。とにかく自分がやらなければならないことを、やらなければ。まずはあれを回収して途絶している母船との通信を回復させ、状況を報告しなければ。その先のことは、今は考えないようにして……。
「動くな!」
「え……!?」
 突然浴びせかけられた鋭い声に、とっさに立ちすくむ。視界正面、うっそうと重なり合った木々の奥から、がさりと音がする。次の瞬間。
 頬を、何かが掠めた。直後、背後から聞こえてきた咆哮に、ソラは目を見開いた。背筋を駆け上がった痺れが、瞬時に舌先までをも痺れあがらせる。
 激しく木立が揺れた。そこから飛び出してきた影が、あっという間に眼前に迫る。とっさに両腕で頭をかばったソラは、直後に自分の体がふわりと浮かび上がるのを感じて息を飲んだ。誰かが、この身体を抱えあげている。しかし、そんなはずはない。あるわけない。
 はっと見開いた目に映ったのは、傷つけられた頭部から真っ赤な体液を撒き散らしながら、自分たちを追ってくる獣の姿だった。自分の頭と同じ大きさの頭部についた双眸が、強烈な光を放って彼女を見つめている。
「え、や……いやああああぁぁぁぁっ!!」
 全身にざわりと鳥肌が立ち、ソラはほとばしった悲鳴を抑えることも出来ないまま、自分を抱えている何かにしがみついた。何も考えられない。ただただ迫り来る激烈な恐怖に、それが唯一の縋るよすがだと、しがみつく腕に力を込めることしか出来ない。
 その腕を、あっさりと引き剥がされた。満身の力を込めていたはずなのにやすやすと外された腕に、心もとなさががブレンドされてより高まった恐怖心から、目元がじわりと滲んで視界を覆いつくしていく。それにかまう様子もなく、彼女を運んできた何者かは、彼女の身体を放り投げた。ひくっとえづいた喉から再び悲鳴をほとばしらせかかり、ぽすんと落ちた先の柔らかな感触に、ソラは動きを止めた。
 触れた指先に伝わるのは、しっとりと柔らかい沈み込むような感触。まるで極上の羽毛の上にでも落とされたように。
「え……」
 つかの間呆然として、ソラはすぐ近くで聞こえた再度の咆哮に、あわてて目元をこすり、身を乗り出した。
 自分がいる、苔生した大岩の真下。そこに、その人物はいた。なにかの革のような具足をまとった、まるで古の神話に出てくる英雄のようにたくましく、それでいてしなやかな優美な体。その手に握られているのは、鈍色の光を放つ直刃の剣。
 木漏れ日を受けて光るそれを油断なく構えたまま、その人物は何度目かになるのだろう獣の突進を驚くほどの身軽さで躱した。剣を握る手とは反対の手が、瞬間閃く。華やかな色合いの毛並みが魔法のように切り裂かれ、獣は苦痛の叫びで空気を揺らしつつ、よろよろと後ずさった。
 じわじわと滲む涙を何度も拭い、ソラは必死に目をこらして、眼下の戦いを見つめた。長い髪を無造作に首の後ろで縛った男は、左手に長剣、右手に逆手に短剣を構え、自分の身の丈よりも大きいその獣を軽々とあしらっていた。その緩急のついた流れるような動きは、戦いというよりもなにかの舞を見ているようですらあった。
「あ……」
 ドキドキと、痛いほどに脈打つ心臓を押さえるように、胸に拳を押し当てる。息が苦しい。自分が見ているものが信じられない。だってこの星には……両生類に該当する進化までしか観測されていないのに。
 でも、ここにいるのは幻じゃない。あの時自分を抱え上げ、ここまで連れてきたたくましい腕の感触は、まだ肌身に残っている。獣も、男も、確かにここに存在している。いったいこれは、どういうことなのか。
 当たっただけで骨がへし折れるだろう前足の攻撃をやすやすと剣で捌き、逆手に持った短剣が猛々しい光を放つ眼球へと吸い込まれる。苦痛の咆吼とともにのけぞったその喉を目掛け、長剣が一閃する。激しく全身を痙攣させて、獣はどうと血に倒れ伏した。
 その場にあった張り詰めた空気が四散していく。すうっと力が抜け落ちて、ソラはその場にへたへたと座り込んでしまった。それでも捉えて離れない視線の先で、男は一振りで血を払った剣を腰の鞘へと納めた。それから獣の目に突き立ったままの短剣を引き抜いて血を拭い、自分のうなじへと手を回して長い髪をかき寄せ、毛先を一房切り取る。もはや動かない獣の上に、彼はそれを撒くように落とした。まじないでも唱えているように唇は動いていたが、その言葉までは聞き取れない。
作品名:無題(仮) 作家名:千歳ちひろ