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海竜王 霆雷 発熱1

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公務が終ると、水晶宮の主人の私宮へ、その妻は引き上げてきた。そこで、のんびりと、ふたりで今日の出来事について、お互いに報告し意見を求めたり、次の日の予定について確認したりする。これといって重要なことがない日は、それものんびりとしたものだ。
「平和だなあ。」
「ええ、まったくです。」
 翌日に予定がなければ、だらだらと主人は、寝椅子に転がって妻の膝枕を堪能する。少し疲れ気味だったから、長から静養を命じられている主人は、見た目には、ほとんど仕事らしい仕事はしていない。
「ですが、背の君、少しお痩せになったのではありませんか? 」
「そうかな。自堕落していて痩せるとは思えないけどね? 華梨。」
「まあ、自堕落ですって? 背の君には、およそ似つかわしくない言葉でございますね。・・・・霆雷の相手を、少し控えめになされませ。」
 現在、主人の目下の見た目の仕事は、先ごろ、できた末息子の相手をすることだ。これが、やんちゃ小僧で元気一杯だから、相手をするだけでも疲れる。順々に、息子たちが戻って、末の息子の相手はしてくれるのだが、それも常時というわけではない。上の息子たちも、竜王になる勉強中で、各人の継ぐことになっている現竜王の傍で、いろいろと学んでいるからだ。
「控えめにはしているんだけどね。なかなか、これが難しい。そろそろ、あっちこっちからちょっかいをかけに来るのが現れそうだから警戒するにこしたことはない。」
 水晶宮の次期主人である末息子は、主人の知り合いたちにしてみれば興味深い相手だ。だから、その姿を拝みたくて、やってくるだろうと予想されている。後見が確定したので、自薦してきた他の候補には丁寧な断りの書状を送った。そろそろ、それが相手に届いて、動くだろう。だから、水晶宮の周囲を主人は、視線を跳ばして監視している。いきなり現れて、末息子に対峙されたら、何があるかわからないからだ。

 まだまだ幼い末息子は、相手が、どういう地位のものか皆目わからないし、相手もクセのあるのが多い。本気で、末息子が戦ってしまうと、相手も無事では済まない。
「それは、左右の将軍が警戒しておりますれば・・・今日は、一日、休んでおられたのも、そのためでございましょう? 」
 さすがに、末息子の遊び相手をして、それ以外に周囲の警戒を強化して、さらに、水晶宮全域の把握をしていれば、疲れも溜まる。朝から起きられなくて、主人は寝ていたのだ。
「けどね、華梨。あいつらは、普通の警戒なんてものは摺り抜けてしまうから。」
「美愛に、警戒させておりますから。」
「それは有り難いな。」
 長女は、主人と同じ竜の神通力ではない特殊な力が備わっている。同じことができるから、そちらに任せてください、と、妻は勧める。
「そういえば、東王父様のところへ挨拶に行かないといけないね? 」
「そうですね。あちらのご都合を確認させてお伺いいたしましょう。」
 たまには、こちらに遊びにおいで、と、東王父から誘われている。何百年も、それを反故にしていたので、そろそろ出向かなければならない。水晶宮を夫婦揃って留守にするのは、なかなかないことだから、こちらの都合とあちらの都合を確認しないと動けない。それに、今は、やんちゃな末息子がいるから、誰かに遊び相手を頼まないとならない。さすがに、一日限りの訪問というわけにはいかないから、数日は、あちらに滞在になる。それに、末息子は特殊な能力を有しているから普通の世話係では役に立たない。息子の誰かを呼び戻さないとならないのだ。
「少し、東王父様と、ごゆっくりなさるとよろしいのです。あの方なら、あなたさまも気を抜いていられますもの。」
「東じいは、割とマメだぞ? 華梨。たぶん、なんだかんだと食わせようとするから五月蝿い。」
「ほほほほ・・・それは、自業自得というもの。あなた様を、お菓子で釣らねば話も出来なかった過去があるからでございますよ? 」
 人見知りの激しかった主人は、なかなか他人に懐かなかった。女性陣には、まだ懐いたのだが、男性陣ともなると壊滅的だった。滅多に現れない東王父は、その度に、主人に逃げられていたし、大きくなってからは、別の事情で避けていた。唯一、少し近寄ってくれるのが、お菓子を渡す間だったから、そういうクセがついてしまった。それを、妻は、自業自得というのだ。
「手厳しいことを。」
「ほほほほ・・・・事実ですわ。」
 解かれている夫の髪が、妻の膝から足元へ流れている。それを掬い上げて、妻は、その髪に口付ける。大切で大事で愛している夫の全てが、いとおしい。焚き上げた香の薫りが、髪にまでついていて心地よい匂いがする。夫のほうも、妻の膝頭に手をやって、それを撫でる。どちらも、同じ想いを感じているからだ。

 


 そんな夫婦の睦言の場に、いきなり娘が乱入してきた。瞬間移動してきたので、部屋の真ん中に現れる。
「おやおや、美愛。行儀の悪い。」
 そこに視線を移して主人が寝椅子から起き上がる。しかし、ふと、違和感を感じた。腕にある小さな竜の様子が大人しすぎる。
「父上、母上、大変ですっっ。背の君が、私の背の君がっっ。」
 娘の腕にあるのは、その末息子だ。目の前に見せられた姿は、どうにもおかしい。ぐったりして息が荒い。
「どういうことだ? 美愛。」
「わかりません。宮に戻ったら、すでに、この状態で。・・・身体が熱くて、それに意識もはっきりしていないのです。」
 半狂乱に近い状態で、娘は泣いている。これは、どういうことだ? と、夫婦も顔を見合わせた。だが、考えているより動くしかない。
「誰か、叙玉を呼んでください。それから、薬師もです。急ぎなさい。」
 妻のほうが、次の控えの間に大声で叫ぶと、そちらでも混乱が起こっているのがわかるほどの物音がした。主人が臥せっているので、太医令の薛が近くに待機していた。それに、衛将軍も、同時に部屋に走りこんでくる。
「「深雪っっ。」」
 どっちも、公式の物言いなんてやってられない。具合が悪いと言われれば、そんなことより当人の状態を確認しなければならない。だが、当人はケロッとしている。
「俺じゃない、うちのちびの具合がおかしいんだ。先生。」
 水晶宮の主人である深雪が床に座り込んでいる娘から、その末息子を取り上げると、寝台へ移動する。医師のほうは、怪訝な顔をしつつ、それに従って来た。
「・・・・深雪・・・・これは? 」
「美愛が、宮に戻ったら、すでに、この状態だったらしい。熱があるし、息も荒い。」
「こいつ、至極健康体じゃなかったか? 」
「そう聞いているし、報告書にも、そう書かれていた。だから、おかしいんだ。」
 人間から竜に転生した末息子は、健康で体力が有り余っていた。疲れ果てて寝ることはあっても、発熱なんて、今までない。叙玉のほうも、驚いて診察を始めた。そこからは医師の仕事だ。原因は、と、深雪は娘の前にしゃがみこむ。
「美愛、今日は、誰がちびの相手をしていたんだ?」
 自分が寝込んだので、他の誰かが相手をしていたはずだ。それに確認すれば、原因はわかる。
「・・・今日は、私くしが相手をしておりました。」
「何か変った事は? 」
作品名:海竜王 霆雷 発熱1 作家名:篠義