【幸せ中毒】
自殺がライフワークって……。なんじゃそりゃ。ちくしょう、少し面白いじゃないか。
「パシャ!」
私は、無邪気に笑うモロコシの顔を撮った。
「葬式の写真は、それにしてもらおうかな」
これが、モロコシの最後の言葉だった。
第五章
3日後、私のもとに悲報が届いた。私は直ぐに病院に向かった。
「今朝、海辺で発見されたそうです。発見されたときには、すでに意識がなかったそうです」
看護士が淡々と事実を語ってくれた。私はそれを、淡々と受け止めた。看護士の話を聞いても、私の感情は起伏しなかった。この状況は前々から想像していたことだし、覚悟もしていたから。つらくもなかったし、悲しくもなかった。
「それじゃ、失礼します」
看護士が退室した病室には、私と、冷たいモロコシだけ。やけに静かで、やけにひんやりとした触感。ふと、モロコシの手が目に付いた。何故か、その手を握りたいと思った。握った。冷たかった。急に、心に穴が開いた。深く、大きな穴だ。私の心にあった、モロコシの存在が占めていた空間が、全て抜け落ちたのだ。その瞬間、涙が出てきた。ぼったんぼったんと雫が垂れた。このとき、私は気付いてしまったのだ。モロコシが、私にとって、とても、とても大切な人であったことに。そして、もう、取り返しが付かないことに……。私は、いつの日にか撮ったモロコシの写真を見た。そこに写るモロコシは、どれも不細工だった。でも、私の心のファインダー越しに見るモロコシは、いつも魅力的で、私の心を掴んで離さなかった。冷たいモロコシの顔と、写真のモロコシの顔を見比べてみる。どちらも、不細工だ。そして、どちらも、魅力的だ。でも、私は、自殺を遂げて安堵したモロコシの顔よりも、自殺を楽しんでいたモロコシの顔の方が……好きだ、こんちくしょう…………。
最終章
病室を後にした私は、遺書のことを思い出した。病室前で立ち止まり、遺書を開いた。そこには、こう書いてあった。
『いろいろと考えたのだが、やっぱり『モロコシ』という戒名は変だと思う。だから、新しい戒名を考えた。ズバリ『ロコモコ』だ! どうだろうか? おいしそうな、活かした戒名であろう。これから私のことを『ロコモコ』と呼ぶがよい。
ps.今度はおっぱいに口と鼻を塞がれた状態で、窒息死をしようと思うのだが、どうだろう? 君はAカップだから、手伝えないだろうけどね。ははは……』
私は、自分の目を疑った。これが、遺書? ってかAカップを馬鹿にしたな!! こんちくしょう!! 私は怒りをあらわにし、モロコシ改めロコモコがいる病室の扉を掴んだ。最後に一発ぶん殴ってやる!! そう思いながら、私は強く病室の扉を開けた。
「やあ、よく来てくれたね。ははは、また死ねなかったよ。真に残念だ」
いつものように、「ははは」と笑うロコモコ。私は思いっきり、ロコモコの顔をぶん殴った。「はうぅ!」と気味の悪い声と共に、ロコモコはベッドから転げ落ちて、気を失った。私はナースコールを押して、直ぐに病室から飛び出した。
「よかった。泣き顔、見られなくて」
この日、私は人生初のうれし泣きを体験した。
~了~
~エピローグ~
「君の涙で溺れ死にたいのだが」
これが、ロコモコ流のプロポーズだと知ったのは、このセリフを聞いてから1ヵ月後のことだった。その事実を知った私は、こう返事をした。
「あんたの死因は『幸せ中毒』になるけど、それでもいい?」