熱病<Lady>
「……友達なの?もう」
「…あぁ」
「……」
「鍵、返すの忘れてたけど…今日はそのおかげで入って来れたよ…結局起こしちゃったけどな…」
彼の部屋の鍵は、別れた直後に彼の部屋のポストに入れておいた。
「…返して」
「俺帰るときどうやって鍵かけるんだよ」
「私が中からかける」
「……寝てろよ」
「少しぐらいいいわよ…返して」
「…下のポストに入れておくよ…体調良くなったら取りに行けよ」
返さないとは言ってくれなかった。
どんどんこうやって、彼との繋がりが切れて行く。
彼がトレイを持って部屋から出ていった。
もうすぐ彼はここからいなくなる。
誰よりもそばにいて欲しい人が。
別れたその日よりも、今感じている喪失感の方が大きい。
扉が開いて、彼が戻って来ると、部屋の隅に置いていた鞄を手にした。
ベッドの横に来て、
「…来なかった方が良かったかもな…」
「……ううん、嬉しかった」
「…でも、来なかった方が良かったよ…お互いの為に……余計嫌な思いさせたな…ごめん」
彼の顔がどんどん滲む。
「……ちゃんと薬飲んで寝てろよ…」
額に当てられた手を握る。
しかしそれはまるで風を掴んだかのようにするりと抜け、彼が背を向けた。
帰らないで。
その言葉は、声にならなかった。
今声を出すと、またさっきみたいに泣き叫んでしまう。
「…鍵、ポストに入れておくから」
パタン、と寝室の扉が閉まった。
急に部屋の彩りがなくなったように感じた。
玄関が開いて…閉じる音がした。
私は今度こそ…喉が張り裂けそうなほどの声を上げて泣いた。
もう彼はここには来ない。
どんなに好きでいても、もうあの頃には戻れない。
私は薬を飲むのも忘れ、泣き疲れて眠りについた。
目が覚めたのは夜中だった。
枕元の時計が、3時半をさしていた。
さっき忘れていた薬を飲んで、氷枕を替えようと、ふらふらした足取りで台所に行くと、シンクの横のカゴに、彼が洗ってくれた皿とスプーンが立てかけてあった。
それを見て私はその場にうずくまって、また泣いた。