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私とパロさんとトロールのお話

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昔々のお話です。

ある日、おばあちゃんが私にお話をしてくれました。

「いいかい、よくお聞き。決して森には近づいてはいけないよ。森には恐ろしいトロールが住んでおる。トロールは森の植物を食べ、動物を食べ、人を食べるんだ。おばあちゃんのお父さん、そうだねぇ、ギミーからだと、ひいおじいちゃんだね。ひいおじいちゃんも森に行ったきり帰ってはこなかったんだ。」

私はそれを聞くとズンと気持ちが重くなりました。なんと悲しいことでしょう。なんと森は怖い所なのでしょうか。おばあちゃんのお父さんが食べられしまうなんて。さぞかし怖かったでしょう、さぞかし苦しかったでしょう。私は森には近づきません。そんな怖いモノがいる森なんて、行かないと誓ったのです。

それから何日がたってでしょうか。その日はとてもよく晴れた、清々しい日でした。旅人さんが私の村にやってきたのです。話を聞くとその旅人さんは、なんとあの森を抜けてやってきたというのです。私はとても驚きました。でも旅人さんは恐ろしいトロールなどいなかったというのです。私はホッと安心しました。きっと運がよかったのでしょう、トロールに見つからなくてよかったと思いました。旅人さんはパロと言いました。それから何日もかけてパロさんは今まで旅をしてきた、胸がドキドキと、心踊るような、素晴らしいお話をたくさんしてくれました。西の国の、国民全員を笑わせることができる、愉快な王様のお話や、北の山で出会った、私の3倍の背丈もあるという大きな熊のお話。東の村では虹の麓を見つけ、南の砂浜では頬が落ちるような甘い甘い果実を食べたそうです。私はとてもとても楽しい毎日を過ごしました。世界はたくさんの素敵に満ちているだと思いました。

そんな楽しい日々はあっという間に過ぎてしまいました。パロさんはまた次の旅に出てしまうというのです。もっと東の大陸に渡るそうです。とても悲しいことです。私はいつもまにかパロさんを好きなっていました。パロさんも私を好きだと言ってくれました。私はパロさんと離れたくはありません。でもパロさんはどうしても旅を続けないといけないと言うのです。私はムンと体を張って決心をしました。大好きなおばあちゃんにお別れを言って、パロさんと旅に出ました。そして森へと入っていったのです。初めての旅と、初めての森と、初めての好きな人と、私の心は、不安で、怖くて、嬉しくて、ドキドキしました。とても不思議な感じがしました。

森を進んでいると、なんとも大きな体で、なんとも大きなお鼻で、なんとも大きな牙をもったトロールが出てきました。私は怖さのあまり体が震えて動けなくなりました。なんということでしょう。あの恐ろしいトロールに見つかってしまいました。
「ぐおおおお」
とトロールは大きな声で叫ぶと、私の2倍はあろうかという手で地面を叩いて、とても興奮した様子です。そのお口からは、ボタボタとたくさんのよだれが垂れています。パロさんは震えて動けない私の前に立ちました。
「大丈夫、僕が守るから」
それを聞いて、私はさらに怖くなりました。パロさんが食べられてしまったらどうしましょう。私のひいおじいちゃんは食べれてしまったのですから、またそんなことがあってはなりません。
「ぐおおおお」
トロールがもう一度叫ぶと、パロさんへとその大きな手を伸ばしました。パロさんはそれをヒラリとよけると、トロールは自分の勢いでシリモチをつきました。その隙にパロさんは私を担いで近くの木の影に逃してくれました。その後すぐにトロールの元へ駆け寄ると、まるで蝶のようにヒラリヒラリとトロールの周りを舞いっていました。トロールはそんなパロさんを掴もうと、下を向いたり、右を向いたり、あっちへいったり、こっちへいったり。ついには目を回して倒れてしまいました。
「さあ、今の内に行こう!」
力強いパロさんの声で私の震えは止まりました。差し伸べられたパロさんの手をとって、私達は駆け出しました。トロールの横に通りかかったその時でした。私は不思議な声を聞きました。

(・・・苦・・シイヨォ、寂シイヨォ)

どういうことでしょう。その声はトロールの方から聞こえるのです。私はパロさんの手を握ったまま立ち止まり、耳を澄ましました。

(独リ寂シイ・・ヨォ)

間違いありません。これはトロールの声です。その時に、ドッと私の心にトロールの悲しみが流れて来ました。トロールはずっと独りこの森で暮らしていたのです。友達も家族もいない、好きな人だっていません。なんと悲しいことでしょう。誰にも気持ちをわかってもらえず、怒りや、憎しみ、絶望や、寂しさがトロールの心にいっぱいに溢れていたのです。

「パロさん、私は一緒には行けません。トロールの声が聞こえるのです。悲しい、悲しい声が聞こえるのです。」

パロさんはとても驚いた顔をしましたが、すぐにその瞳に何かを決心したような火が灯ったように私には見えました。そして次の瞬間、私の心臓は飛び上がりました。パロさんが私をギュッと抱きしめたからです。その瞬間に、私の意志とは関係なく、足がガクガクと、体がガタガタと、こんこんと、どんどんと、私の両目からは涙が溢れてきます。私は我慢できなくなって、トロールのように大きな声で泣きました。パロさんの匂いがします、パロさんの温かみを感じます。この感じはなんでしょう。とても切ない思いが私の中で爆発しました。パロさんとの旅はとても楽しみだったけれど、何度も何度も、素敵な世界を二人で旅する夢を見たけれども。それでも私はトロールを置いていくことができません。私にはできないのです。私にはできないのです。トロールの悲しみと、パロさんへの切なさが津波のように私の心を駆け巡りました。

どれぐらいの時間そうしていたかはわかりません。どれぐらい泣いたかわかりません。
「君にしかできないことだ。僕が話した世界の話をして上げてくれ。少しでもトロールの悲しみが無くなるだろう」
そう私の耳元でつぶやくとパロさんは、私から離れました。ふっと、パロさんの温かみが消え、冷たい風が私の体を包みました。パロさんはトロールへ一礼をして、もう一度私の方を向いてこう言いました。
「世界を旅して、必ず戻ってくる。トロールの悲しみが消えるような素敵な世界の話をもっともっと、探して戻ってくるよ。だから君は君のやるべきことを、君が信じることをすればいい。待っていてくれ。必ず帰ってくるよ。」
力強いその声に、私の涙はようやく止まりました。なんだかとても勇気が湧いて来ました。私はムンと胸を張って、しっかりと立ち、首を大きく縦に振りました。パロさんもそれに答えるように、にこやかな顔で頷きました。そしてパロさんは旅に出ました。