海竜王 霆雷 花見3
「華梨が、俺の食事量が増えるかもしれない、と、いろいろと出してくれているんだ。おまえは、食べられるだろ? 」
別に、神仙界の食事に不満はない。あれば、懐かしいと食べるだろうが、今のところ、そういうものに飢えていない。
「別に食べてるな。あー親父、好き嫌い激しいもんな。」
「そうそう。」
じゃあ、ちょっと味見、と、霆雷が、それらに箸をつける。かなり薄い味の料理だ。
「薄い。」
「そうだろうなあ。俺の舌は、かなり薄味なんだ。・・・塩か胡椒でもかければ濃くなる。」
これでもかけろ、と、父親が調味料を指差している。笛と二胡の演奏は、終わり、今度は、簾と蓮貴妃の演舞が始まる。真剣で湖の上で立ち会う。どちらも、剣の達人だから優雅に舞ってるような動きだ。それらを眺めたり、酒肴に手を伸ばしたり、野次を飛ばしたりと、みな、一様に賑やかに盛り上がっている。
「父上、一献いかがですか? 」
陸続たち息子たちが、父親の席のほうへやってきた。あまり酒は嗜まないので、用意しているのは桃水という飲み物だ。
「じゃあ、おまえたちは白酒で受けるかい? 」
父親のほうは、白酒が入っている銚子を妻から受け取る。なぜか、父親と違って息子たちはザルだ。どれだけ飲ませても酔わないので、強い酒にした。
「明後日から、留守にするのはお聞きかい? 陸続。」
「はい、ゆっくりと東王父様と西王母様と親交を深めてください。霆雷のほうは、我々で相手をしておきます。」
「簾姉上が、水晶宮の維持管理の責任者はやってくださるが、おまえたちも手伝いはしておいてくれ。」
「父上、崑崙と搖池で拉致されないで帰ってきてくださいよ? 」
三男の風雅が、父親に酌をしつつ、そうからかう。
「それは、あちらさまに頼んでくれ。眠り薬でも使われたら、さすがに帰れないよ、風雅。」
「そういう場合は救出に向かいます。いや、母上がいらっしゃるから連れて帰ってもらえるか。」
「碧海、あそこで喧嘩はできないんだけど? 」
「喧嘩にならないように、父上が、『帰りたい』と嘆かれれば効果的ではないですかね? 東王父様も西王母様も、父上に嫌われるような真似はできませんでしょう? 」
「それが無難だろうな、焔炎。それでも返してくれなかったら、陸続と風雅がキレた真似でもして暴れに来ておくれ。」
「「はい? 」」
「はーいはーい、俺も行くぜ、親父。」
「はははは・・・そりゃいいな。霆雷、さくっと崑崙の山でも潰してしまえ。」
「おっけー。」
気楽にとんでもないことを言っている父親と末弟に、残りの息子たちは慌てる。そんなことをしたら大問題になる所業だ。
「まあ、父上。陸続と風雅でなく、私くしが参りますわ。黄龍二匹の威力をお見せすれば、崑崙も搖池も、素直に父上をお返しくださいます。」
私を除け者にするな、と、美愛がずいっと父親の横ににじり寄る。はいはい、あなたでもいいよ、と、父親はふたつ返事だ。冗談だから、娘のほうも、「承知。」 と、頷いて笑っている。
ふわりと風で桜の花びらが舞い落ちる。ゆるりと見上げて、水晶宮の主人は微笑む。空では、左右の将軍が演舞を踊る。途中で竜体にまで変化した派手なものだ。どの顔も微笑んで楽しそうだ。
「あなた様、霆雷ばかりに召し上がらせておられずに、ご自身も召し上がってくださいませ。」
華梨が取り分けた小皿を、夫の手に置く。ここにあるものは、ほぼ、夫が人界に在った時に食していたものだ。味付けも限りなく近いものにしてあるから、かなり薄味に仕上げてある。
「あなた様の努力には、頭が下がりますね。」
ずっと、妻は何かと人界との思い出のものを用意させて、慰めてくれた。それが、延々と七百年続いている。
「あなた様のためでしたら、いかような努力も苦になりません。私くしは、あなた様のために、ここに在るのですから。」
夫が好むもの、気に入っているものを妻は用意する。だから、好みの主張をしていないのではなくて、先に用意されているから何も言うことがないのが、正解だ。妻のために、竜となって全てを与えてくれた夫に、不自由させたくなかったから、妻も努力したのだ。
「おかーさん、俺、フライドポテト食べたい。」
「美愛、霆雷が希望するものを用意なさい。それは、おまえの役目です。」
「はい、母上。・・・背の君、では用意してまいりますので、しばしお待ちを。」
雷小僧の希望するものを準備するべく、美愛は公宮へと飛び去る。これから、そうやってお互いの絆は深めていく。夫婦というのは、そういうものだ。
「羨ましかろう? おまえたちも、こういう相手を探すことだ。」
父親は、息子たちに、そう告げて大笑いする。そろそろ、次期様たちも妻を貰う年齢だ。政治的な駆け引きの材料として、後宮に正妃以外を納める場合もあるが、ちゃんと互いのことを案じられる相手も必要だ。
「私のようなものには、どういう出会いがあるんでしょうね? 父上。」
「相手が見初めてくれる場合もあるし、おまえが見初める場合もある。そのうち、そういうこともあるんじゃないか? 陸続。こういうのは縁だからね。」
「できたら、父上のように見初められて強引に嫁いでくださる相手がいいなあ。」
「さあ、どうだろう。でも、おまえは他所の種族の元へは婿入りできないから、押しかけ女房がいいんじゃないか? 簾姉上のような方がいらっしゃるといいね? 好みの相手を探したいなら、おまえから探すことだ。」
「うーん、探すのも面倒な気が・・・・西王母様に紹介いただけないか、尋ねていただけませんか? 父上。」
陸続にすると、出会いなんてものは期待していない。どう考えても、そういう出会いは作為的にしか発生しない。そう考えると、いちいち、相手をするのも面倒な気がする。
「構わないが・・・本気か? 陸続。」
「割りと本気です。」
「もう少し切羽詰るまでは、自分で探すことを勧めるよ。何が起こるかなんて、先は見えないからね。突然、そういう相手との出会いもあるかもしれない。・・・なにせ、私は竜のお姫様に見初められて、こんなことになっているんだから。」
父親は人界から婿入りした。見初められて拉致されたのだから、出会いのどうとかいう話ではなかっただろう。そう考えれば、先に何かあるのかもしれない、とは、長男も考える。
「父上の場合は特殊だと思いますよ? でも、私が人間の娘を見初めたら、申し訳ありませんが育てていただきますから。」
次男が、そう言って話に割り込んだ。万が一、そういう場合は、やはり、水晶宮で預かって成人まで育てることにはなる。人間の娘だとしたら、成人するまで、やはり二百年はかかるからだ。
「まあ、それはいいさ、焔炎。育ててあげるよ。」
「お手数をかけますが、よしなに? 」
「その前に、今、口説いているのを整理しておけ。」
「はははは・・・わかっております。まだ、これと思う方がおりませんので、ついつい数で勝負してしまいます。」
「おまえなら、それでもいいさ。陸続にも紹介しておやりよ? 」
「イヤですよ、父上。焔炎の口説く相手は、私の好みから外れています。」
弟の彼女を下げ渡されるのは勘弁だ。派手な美人が好きな弟の彼女なんてものは、自分とは話も合わない。
作品名:海竜王 霆雷 花見3 作家名:篠義