鬼譚録 ~杠と柊~
杠との出会いはハチャメチャでありえない出会いだったが面白い体験だった。もうあんな体験は二度と無いだろう。
その後もハンバーガーとか、葵が取り憑かれるとか、色々事件に巻き込まれたけど今、思えば楽しかったようにも思える。命がけだったけど……。
杠はもういない。あの時以来、あいつの姿は見えなかった。
きっと杠は妹と一緒に……。
視線を空に向けると空は茜色に染まっていた。
川は空を写し、鮮やかに輝いていた。
川にはもうあの頃のように桜の花びらが流れてはいない。
今は初夏の温かさが河川敷を包んでいた。
川に流れるのは茜色に染まった水だけ……。
……。
川に流れているのは水だけのはずだが……。今、オレの視界には絶対にありえないモノが写った。
川を流れる逆さまバンザイ……二つ。
……二つ!
オレはもう何も考えず川に入って二つの逆さまバンザイを引き上げた。
「お前! 何やってんだよ!」
引き上げた逆さまバンサイは杠と見知らぬ幼い少女だった。
幼い少女の髪は黒檀の様で、その瞳は左右で色が違っていた。右目は黒曜石のように透き通った黒で左目は炎の様に赤い瞳をしていた。
「腹が減ってのう、ちょっと魚を……」
「腹減ったからって魚を取るなって前に言っただろ!」
「そんなことよりハンバーガーをくれぬかのう?」
上目づかいでオレに迫ってくる杠を無視して、
「で、その女の子は誰だよ?」
杠の横の少女は話そっちのけで未だに魚を捕ろうとしていた。
「ここは、妾の妹じゃ」
杠は本当に嬉しそうに笑った。
「妹って、あの葵に取り憑いてたか?」
「うむ、大丈夫じゃ、汝のおかげで祓ったからのう」
杠は必死に魚を狙っている柊を引き寄せて抱きしめた。
「どうしたんですか? 姉様?」
「いや、なんでもない、なんでもないぞ」
「それより、姉様! お魚が捕れました!」
「おお、でかした」
柊は捕った魚を嬉しそうに杠に渡した。
と、そこでオレと目があった。
「姉様、この殿方は誰でしょう?」
杠はオレを向いて、
「ここは汝の憑き物を倒した真じゃ、ハンバーガーを妾に持ってくる従者じゃ」
「誰が従者じゃ!!」
「ではこの殿方が私を倒したゴミ虫ですか?」
「……」
オレは耳を疑った。
え、今なんて?
「そうじゃよ、そいつがゴミ虫じゃ」
「そうですか」
「誰がゴミ虫だ!!」
柊は懐から短刀をだしてオレに突きつけた。
「このゴミ虫め!! 姉様に近づくな!!」
「これこれ、柊、此奴はゴミ虫でもハンバーガーを持って来るだけ少しえらいゴミ虫なんじゃぞ」
オレは涙目にならながら杠に助けてコールを出す。
「柊、そのくらいにしておいてやらぬか」
「姉様が言うなら喜んで!! ゴミ虫覚えてろ」
何あれ、怖い!!
「すまんな、柊は妾以外の奴にはなかなか懐かないんでのう、じゃが汝は柊に気に入られたようじゃな」
「そんな訳あるか!!!」
と叫ぶと柊が懐に手を入れてすごい殺気を出してくる。
「なあ、普通に戻ったんだよな?」
「うむ、以前の通りの柊じゃ」
そういうと杠は柊に近寄っていき抱きついた。
「もう、姉様!!」
「いい娘じゃ、いい娘じゃ」
杠は柊の頭をなでる。
幸せそうに笑っている。
「そうじゃ、ゴミ虫真よ」
「ゴミ虫言うな! で、なんだよ?」
「ハンバーガー二つ持ってきてりゃれ!!」
「はあ!?」
「あ! いたいた、真!! 新作のレアビデオ手に入れたから一緒に見よ!!」
「もう、勘弁してくれ!!」
――完――