鬼譚録 ~杠と柊~
序章
「ごめんなさい、ごめんなさい」
私は謝り続けた。
一条の光も差さない暗闇。
謝り続けても許されることはなく。
「姉様、助けて……」
その願いは誰にも届かず。
闇の中で反響するばかり。
救いを求めても暗い世界に光は輝くことはなく。
「ひとりはやだよ……」
誰もいない。孤独。
独りの世界は寂しく――。
孤独に喘いでも苦渋は唯、増すばかり。
凍てつくような夜の中で私の心は、私の世界はひび割れ、崩れて行った。
無明への不安、誰もいない恐怖。
私が壊れてしまうのには十分な絶望だった。
「ねえ……さ……ま……」
私は長い時を闇の中で過ごした。
闇の中で私は多くの物を失っていった。
私の目はもう闇しか見えず、言ノ葉はもうほとんど忘れ去っていた。
孤独という絶望に侵され続け、心は削られ、伽藍堂と化していた。
『見るにたえぬ』
突如、部屋に響く声。
しかし、その声は言ノ葉を忘れた私にはこの絶望も、この恐怖も、この怨みも伝えることができない。
『死ぬことも出来ず、生きることも出来ぬ哀れな娘よ。汝(なんじ)は何を望む?』
その声に答えを返すことはない。
『汝は言ノ葉も失ってしまったのか? ……ふむ、仕方ないか。このような冥府の闇に抱かれ続けたのだからな』
響く声はただ続ける。
『汝に問おう、復讐したくはないか? 汝を冥府の闇に抱かせた者たちに復讐したいとは思わぬか?』
声は静寂に響く。
『すべてを憎め、すべてを壊せ、すべてに絶望しろ、すべてに復讐しろ!! 常世を呪え!!』
私を抱いた闇は声に反応するように形を変え蠢き、不浄の炎となりすべてを燃やす。
『我に従え、我に隷属しろ。我は汝だ、汝は我だ。さあ、怨みのままに復讐しろ!! すべてを呪え! 呪い殺せ!!』
闇の炎は広がり、すべてを燃やしつくした。
そして私は……。
第一章
「諸君!! 私はオカルトが大好きだ!! 諸君はどうだ!?」
「イエェー!!」
狭い室内に若い男女が通勤ラッシュの如くギュウギュウ詰めに入っている。
満員の室内で皆の視線はホワイトボードの前に作られた台の上に立つ男に向けられていた。
瓶底の様なメガネをかけたその男は、トイレットペーパーの芯をマイクに見立てて熱心に演説していた。
オレは一番奥の隅の方で窓の外をボーっと眺めていた。
窓の外では木々が風で揺れ動いていた。
「オカルトが好きか!!」
「イエェー!!」
オレの横でノリノリで「イエェー!!」と叫んでいる。オレより頭一つ分背の低い少女、高嶺(たかね)葵(あおい)のせいでオレはこの狭い部屋に来ている。この幼なじみのせいで……。
「ちょっと、真(まこと)! あんたも参加しなさいよ!! イエェー!!」
なんで嫌々連れてこられて「イエェー!!」言わなきゃならんのだ。
「嫌だよ。オレ、オカルトとか興味ないしさ」
オカルトなんてあるわけがない。霊とか宇宙人とか居るはずないじゃないか。
くだらない。
「そこの君、オカルトが好きか?」
瓶底メガネがトイレットペーパーの芯をオレに向けて問いかけてきた。
「……」
オレは瓶底メガネの問いかけを無視して窓の外を変わらず眺めていた。
「ちょっと、聞かれてるよ」
オレは葵に言われ。瓶底の問に答えた。
「オカルトなんか信じてないわ!! ボケェ!!」
今まで盛り上がっていた室内の空気は一気に冷え切った。
オレは静まり返った部屋を人をかき分けて出口へと向った。
瓶底メガネはポカーンと口を開け唖然としていた。
「待ってよ! 真!」
葵の静止を振り切って部屋をあとにする。
部屋を出ると人一人しか通れない廊下が広く感じられた。
部室棟から出ると外は春の陽気が溢れ、温かい日光が照らしていた。
時刻は一時をまわったところだった。
「腹へった……」
そういえば、朝から葵に振り回されてろくに食事を取ってなかった。
オレは食事を取るために駅へと向った。
第二章
駅前のファーストフード店でハンバーガーを三つほど買い、駅の横に流れている川へ向った。
桜の木で有名な川だけあって満開の桜が河川敷に沿うように咲いている。
オレは桜を背に川を見ながらハンバーガーに口をつけた。
川はゆっくりと流れ、散った桜の花びらを下流へと流していく。
花見に来る人が多いようで、後ろの方でオレと同じ大学生と思しき人達が陽気にドンチャン騒ぎをしている。
本当は桜を見ながら食事(ハンバーガー)もよかったのだが、木の下がアレでは目も背けたくなる。
再び、視線を川へと戻す。
緩やかな流れに乗って流れる花びらと人の足。
人の……足?
上流から流れてきたのは花びらだけではなかった。犬○家のように逆さまになってゆっくり回転しながら流れてきくる。
なんか、回転寿司みたいだな……。なんて考えた……。
ってそんなこと考える前に助けなければ!
オレは急いで回転する逆さまバンザイへ駆け寄った。
「おい、大丈夫か!?」
川から引き上げると逆さまバンザイをしていたのは巫女さんのような服を着た女の子だった。
女の子は漆黒の艶やかな長髪、深紅の瞳が可愛らしい。
「ぬ、ぬ、汝(ぬし)にはこ、これが大丈夫に見えるのかえ?」
濡れた女の子は震えながら言った。
「いや、まったく大丈夫には見えないよ。頭が……」
女の子が立つとどこから出してきたのか、刀袋を突き出してきた。
「汝は、非礼極まりないな! この東洞院(とうどういん)杠(ゆずりは)と知っての非礼か!?」
女の子はすごく怒っているようだ。
よくわからないけど……。
「その『東洞院杠』さんはなんで川に真っ逆さまバンザイなんてしながら流れてきたんだ?」
「え……」
杠と名乗る女の子は刀袋を引っ込ませ、難しい顔をする。
何か考えているようで、どんどん険しい顔になっていく。
そして、少しの間を置き、
「腹がへったのじゃ!」
思わず腰から崩れそうになる。
「おい、まったく説明になってねえじゃねぇか!」
「汝は、頭が働かんのう。じゃから、腹がへったから川で魚を捕ろうとしたら滑って流れてしもおただけじゃ」
「……」
オレは唖然とした。
きっとこの時のオレはさっきの瓶底メガネと同じ顔をしていたことだろう。
「お前、バカだろう! 今時、腹がへったからって川の魚捕って食おうとする奴なんかいないぞ」
「なあ、そんなことより何か食べる物は持っておらぬか? 腹がへって死にそうじゃ」
「人の話聞けよ!!」
杠さんはオレのことなど気にも止めず、すたすたと歩きだず。
「ちょっと待て、お前どこに行こうとしているんだ?」
「どこって、そんなの決まっておるじゃろ!」
「どこだよ?」
「川じゃ!!」
オレは必死に杠を止めた。
こいつは川へ近づかせちゃダメだ! さっきの二の舞だ!
「わかった! わかったから、食べ物やるからな? もう川に近づくな」
杠は口惜しそうに川を見つめていた。
そんなに魚が食いたいのかよ!
オレはさっき買ったハンバーガーの一つを杠に渡した。
「なんじゃこれは? 本当に食べ物かえ?」
「ああ、そうだよ。包み紙を取って食べてみろよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
私は謝り続けた。
一条の光も差さない暗闇。
謝り続けても許されることはなく。
「姉様、助けて……」
その願いは誰にも届かず。
闇の中で反響するばかり。
救いを求めても暗い世界に光は輝くことはなく。
「ひとりはやだよ……」
誰もいない。孤独。
独りの世界は寂しく――。
孤独に喘いでも苦渋は唯、増すばかり。
凍てつくような夜の中で私の心は、私の世界はひび割れ、崩れて行った。
無明への不安、誰もいない恐怖。
私が壊れてしまうのには十分な絶望だった。
「ねえ……さ……ま……」
私は長い時を闇の中で過ごした。
闇の中で私は多くの物を失っていった。
私の目はもう闇しか見えず、言ノ葉はもうほとんど忘れ去っていた。
孤独という絶望に侵され続け、心は削られ、伽藍堂と化していた。
『見るにたえぬ』
突如、部屋に響く声。
しかし、その声は言ノ葉を忘れた私にはこの絶望も、この恐怖も、この怨みも伝えることができない。
『死ぬことも出来ず、生きることも出来ぬ哀れな娘よ。汝(なんじ)は何を望む?』
その声に答えを返すことはない。
『汝は言ノ葉も失ってしまったのか? ……ふむ、仕方ないか。このような冥府の闇に抱かれ続けたのだからな』
響く声はただ続ける。
『汝に問おう、復讐したくはないか? 汝を冥府の闇に抱かせた者たちに復讐したいとは思わぬか?』
声は静寂に響く。
『すべてを憎め、すべてを壊せ、すべてに絶望しろ、すべてに復讐しろ!! 常世を呪え!!』
私を抱いた闇は声に反応するように形を変え蠢き、不浄の炎となりすべてを燃やす。
『我に従え、我に隷属しろ。我は汝だ、汝は我だ。さあ、怨みのままに復讐しろ!! すべてを呪え! 呪い殺せ!!』
闇の炎は広がり、すべてを燃やしつくした。
そして私は……。
第一章
「諸君!! 私はオカルトが大好きだ!! 諸君はどうだ!?」
「イエェー!!」
狭い室内に若い男女が通勤ラッシュの如くギュウギュウ詰めに入っている。
満員の室内で皆の視線はホワイトボードの前に作られた台の上に立つ男に向けられていた。
瓶底の様なメガネをかけたその男は、トイレットペーパーの芯をマイクに見立てて熱心に演説していた。
オレは一番奥の隅の方で窓の外をボーっと眺めていた。
窓の外では木々が風で揺れ動いていた。
「オカルトが好きか!!」
「イエェー!!」
オレの横でノリノリで「イエェー!!」と叫んでいる。オレより頭一つ分背の低い少女、高嶺(たかね)葵(あおい)のせいでオレはこの狭い部屋に来ている。この幼なじみのせいで……。
「ちょっと、真(まこと)! あんたも参加しなさいよ!! イエェー!!」
なんで嫌々連れてこられて「イエェー!!」言わなきゃならんのだ。
「嫌だよ。オレ、オカルトとか興味ないしさ」
オカルトなんてあるわけがない。霊とか宇宙人とか居るはずないじゃないか。
くだらない。
「そこの君、オカルトが好きか?」
瓶底メガネがトイレットペーパーの芯をオレに向けて問いかけてきた。
「……」
オレは瓶底メガネの問いかけを無視して窓の外を変わらず眺めていた。
「ちょっと、聞かれてるよ」
オレは葵に言われ。瓶底の問に答えた。
「オカルトなんか信じてないわ!! ボケェ!!」
今まで盛り上がっていた室内の空気は一気に冷え切った。
オレは静まり返った部屋を人をかき分けて出口へと向った。
瓶底メガネはポカーンと口を開け唖然としていた。
「待ってよ! 真!」
葵の静止を振り切って部屋をあとにする。
部屋を出ると人一人しか通れない廊下が広く感じられた。
部室棟から出ると外は春の陽気が溢れ、温かい日光が照らしていた。
時刻は一時をまわったところだった。
「腹へった……」
そういえば、朝から葵に振り回されてろくに食事を取ってなかった。
オレは食事を取るために駅へと向った。
第二章
駅前のファーストフード店でハンバーガーを三つほど買い、駅の横に流れている川へ向った。
桜の木で有名な川だけあって満開の桜が河川敷に沿うように咲いている。
オレは桜を背に川を見ながらハンバーガーに口をつけた。
川はゆっくりと流れ、散った桜の花びらを下流へと流していく。
花見に来る人が多いようで、後ろの方でオレと同じ大学生と思しき人達が陽気にドンチャン騒ぎをしている。
本当は桜を見ながら食事(ハンバーガー)もよかったのだが、木の下がアレでは目も背けたくなる。
再び、視線を川へと戻す。
緩やかな流れに乗って流れる花びらと人の足。
人の……足?
上流から流れてきたのは花びらだけではなかった。犬○家のように逆さまになってゆっくり回転しながら流れてきくる。
なんか、回転寿司みたいだな……。なんて考えた……。
ってそんなこと考える前に助けなければ!
オレは急いで回転する逆さまバンザイへ駆け寄った。
「おい、大丈夫か!?」
川から引き上げると逆さまバンザイをしていたのは巫女さんのような服を着た女の子だった。
女の子は漆黒の艶やかな長髪、深紅の瞳が可愛らしい。
「ぬ、ぬ、汝(ぬし)にはこ、これが大丈夫に見えるのかえ?」
濡れた女の子は震えながら言った。
「いや、まったく大丈夫には見えないよ。頭が……」
女の子が立つとどこから出してきたのか、刀袋を突き出してきた。
「汝は、非礼極まりないな! この東洞院(とうどういん)杠(ゆずりは)と知っての非礼か!?」
女の子はすごく怒っているようだ。
よくわからないけど……。
「その『東洞院杠』さんはなんで川に真っ逆さまバンザイなんてしながら流れてきたんだ?」
「え……」
杠と名乗る女の子は刀袋を引っ込ませ、難しい顔をする。
何か考えているようで、どんどん険しい顔になっていく。
そして、少しの間を置き、
「腹がへったのじゃ!」
思わず腰から崩れそうになる。
「おい、まったく説明になってねえじゃねぇか!」
「汝は、頭が働かんのう。じゃから、腹がへったから川で魚を捕ろうとしたら滑って流れてしもおただけじゃ」
「……」
オレは唖然とした。
きっとこの時のオレはさっきの瓶底メガネと同じ顔をしていたことだろう。
「お前、バカだろう! 今時、腹がへったからって川の魚捕って食おうとする奴なんかいないぞ」
「なあ、そんなことより何か食べる物は持っておらぬか? 腹がへって死にそうじゃ」
「人の話聞けよ!!」
杠さんはオレのことなど気にも止めず、すたすたと歩きだず。
「ちょっと待て、お前どこに行こうとしているんだ?」
「どこって、そんなの決まっておるじゃろ!」
「どこだよ?」
「川じゃ!!」
オレは必死に杠を止めた。
こいつは川へ近づかせちゃダメだ! さっきの二の舞だ!
「わかった! わかったから、食べ物やるからな? もう川に近づくな」
杠は口惜しそうに川を見つめていた。
そんなに魚が食いたいのかよ!
オレはさっき買ったハンバーガーの一つを杠に渡した。
「なんじゃこれは? 本当に食べ物かえ?」
「ああ、そうだよ。包み紙を取って食べてみろよ」