思いやり
思いやり
僅かながら雪が降り始めた黄昏の街では、仕事を終えた人々が家路を急いでいた。そこは駅前の交差点で、堀川秀人は大勢の人々と共に信号待ちをしていた。
「水野さんって、すごく優しいひとだね。彼女のカレシになる男が羨ましいよ」
そう云うのが堀川に聞こえた。云ったのが木村隆夫だと、数メートル後方にいる堀川にはすぐにわかった。やや太めの木村の隣にいる長身の男は、田辺洋介だろう。堀川と同じ会社の社員である彼らは、これからどこかで酒を飲むのだと、堀川は推測した。
「水野さん」というのは、堀川が愛している女性である。
水野美羽と堀川が知り合ったのは半年前のことだった。それは、勤め先のテニスサークルの合宿でのことだ。堀川が一年間の海外出張から戻って間もなく、その合宿の話があり、彼は久しぶりにそれに参加することにした。大型連休のさなかだったので、渋滞に巻き込まれた堀川の車が勤め先の保養所に着いたのは、夜の十時前だった。
もう一人、遅れて到着したのが水野美羽だった。二人は初対面だった。保養所の広い食堂で、彼らは互いの存在を気にしながら、別々のテーブルで食事を始めようとしていた。
「あのう、ぼくは堀川と云います。明日は午前中から練習試合をするそうですね」
堀川がそう質問すると、美羽は気さくな雰囲気の笑顔で応えた。