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てっしゅう
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novelistID. 29231
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「忘れられない」 第二章 すれ違い

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「ええ、それは間違いないようなんですが・・・何故だかは知らされていないんです」
「そうでしたか・・・お気の毒に。命が助かると宜しいですね」
「皆さんもそう仰っていました。このマンションから死人が出るなんて嫌ですからね、埜畑さんも同じ思いでしょう?」
「それは、そうですが・・・祈るしかありませんね」

主婦たちの井戸端会議は一人の女性の容態を心配するのではなく、自分達の興味の部分へと話題がエスカレートしている。病気だったとか、金銭問題だったとか、挙句は不倫の清算だろうとまで言われだした。その場に有紀は居る事を恥ずかしく感じたので、立ち去った。重たい気持を引きずって、公園の外に散歩に出た。爽やかな青空とは似合わない暗雲立ち込める寝屋川パークに感じられた。

散歩を終えて昼ご飯の用意が無かったから、近くのスーパーへ買い物に立ち寄った。弁当のコーナーで見た事がある女性に出会った。さっきみんなが話していた内川の部屋の女性だ。気が引けたが話しかけることにした。

「あのう、すみません、内川様ですよね?」
驚いたように有紀と視線を合わせ、会釈をして返事した。

「はい、そうです。同じ階の方ですよね?」
「申し遅れました。埜畑有紀と言います。一人暮らしをしております」
「そうでしたか。内川仁美と言います。昨夜はお騒がせいたしました。申し訳ございません」
「いいえ、そのように謝って頂くには及びません。ところで、お嬢様でしたか、ご病気なされたのは?」
「はい、娘です。お聞き及びじゃないのですか?」
「お嬢様の事ですか?」
「ええ、病気じゃないんです・・・その、つまり・・・ごめんなさい、申し上げにくくなりました」
「内川さん、構いませんよ。無理に仰る必要などございません。ご無事で過ごされているようでしたら安心ですから、私は」
「ありがとうございます。一命は取り留めたようです。連絡が無いから心配して住まいを訪ねたのですが・・・あのようなことになっているとは、ショックで」

そこまで話すと、もう嗚咽を抑えることが出来なくなってしまい仁美は話せなくなってしまった。

「内川さん、許してください。私がお気持を察せずにお聞きしてしまった事を。もう戻りますので・・・お大事になさってください」そういいながらその場を離れようとした。

「埜畑さん、待って下さい。買い物が終わったらで構いませんので話を聞いていただけませんか?」
「はい、私で宜しければ・・・」意外な展開となった。

部屋に戻るには井戸端会議をしている奥様連中の横を通らないといけなかったので、有紀と仁美は少し離れた喫茶店まで、仁美の車で移動して話を始めた。

「有紀さんで構いませんか?私も仁美で構いませんので」
「はい、その方が話しやすいですね」
「失礼ですが、お幾つですか?有紀さんは」
「ええ、50歳になったんですよ。仁美さんは?」
「そうなの!私いくつに見えます?絶対に年上に見えますよね?」
「でも一つか二つぐらい上なのではないですか?」
「ですよね・・・48なんですよ。お恥ずかしいけど・・・」
「そうでしたか、いいすぎましたかしら・・・」
「いいえ、とんでもない。有紀さんは若く見えますよ。独身なんですよね?だからなのかな・・・」
「ええ、友達にはそう言われますね。一人身だから美容にお金かけてるんでしょ!とかね」
「まあ、そんなこと言われているのですか、大変ですね、女って言うのは・・・僻みっぽくて」

話してみると仁美は同年代なので話しやすい印象を受けた。ニコニコしながら先程とは違う表情を見せていた。タイミングを計って、切り出してみる。

「ところでお嬢様の事ですが、先程マンションの人たちは気になる事を話してくれたのですが・・・本当なのかどうか解らないので、心配に感じていました。宜しければお話して頂けます?」
「はい、有紀さんは信用できる人に思いましたから話します。と言うか是非一緒に聞いて欲しい事があるのです」
「構いませんよ。私でよければご相談に乗らせていただきます」
「ありがとう・・・娘は自殺未遂をしたんです。部屋で睡眠薬をたくさん飲んで。昨日の昼間から電話も出ないしメールも返事が無いから、部屋を夜に訪ねたんです。私宛の遺書みたいなメモが残っていました。尋ねるのが翌朝になっていたら、多分死んでいたって、お医者様が仰いました」

やはりみんなが話していた事は本当だった。

「お嬢様が危篤の容態のときなのにお話していても宜しいのですか?」
「はい、医師から、今はまだ薬から醒めないので、夕方ぐらいまでに自分の用事を済ませておいて下さい、と言われたんです。目が覚めたら、警察の事情徴収とか詳しい検査などをするのでしばらくは拘束されるようです」
「そうですか、あと少しの余裕なんですね。仁美さんのご心配を他所に、いろんな想像を面白おかしく話していたマンションの女性たちに腹が立ちますね・・・同じ住人として恥ずかしいです」
「そんなものですよ、世間なんて。どこでも一緒なんです。気にしないで下さい。それよりもね私が気にかけているのは遺書なんです。ご覧になります?これですが・・・」

ハンドバッグから一枚の便箋用紙を取り出して、テーブルの上に置いた。しっかりとした文字で母親宛に書かれている文章を確認できた。

「読ませて頂いて宜しいのですか?」
「どうぞ・・・」

『お母さんへ・・・
ごめんなさい、もう生きてゆく力がありません。
知っていたとは言え、自分の惨めさに勝つことが出来なくなりました。
お父さんと仲良くして下さい。詳しくは話せないけどすべて自分のわがままでした。
こんな愛し方しか出来なかった裕美を許して下さい。親不孝な裕美を許して下さい。

お母さん、お父さん、今までずっと育ててくれてありがとう』

有紀は声が出なかった。この文章に隠された娘の裕美の心情が想像出来たからだろう。そして、もし明雄が自分を捨てていたら同じような心境になっていただろう事も同時に襲ってきた。はっきりとは書かれていなかったが、失恋したであろう事は読み取れる。それも普通の恋愛じゃない様子だ。

仁美が有紀に相談したのには理由があった。まず、自分には今回の事を話す家族や友人がいなかったこと。遺書に書かれていた「お父さんと仲良くして下さい」とは、別居状態にある父母を気遣っている言葉だった。裕美がまだ高校生だった頃、ちょっとしたすれ違いで喧嘩になり、夫は家を出て行ってしまった。離婚をすることに仁美が応じなかったから、ずっと別居が続いていた。裕美は卒業後就職をして、やがて一人暮らしをしたいと寝屋川パークに引越しをした。安い家賃ではなかったが、時折仁美が援助をしてあげながら、裕美の生活を応援してきた。多分母親の許に父が帰って来易いようにとの娘なりの配慮だったのかも知れない。

そんなことも有紀に話した。

「有紀さん、娘は多分不倫をしていたんだと思います。母親としてお付合いしている男性の事を聞いても、はっきりとは答えませんでしたから。いつも決まったら話すから、と言うだけでしたしね」
「そうでしょうか?考えすぎなのではありませんか?」