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てっしゅう
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「哀の川」 第三章 クリスマスナイト

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第三章 クリスマスナイト


「ねえ直樹、ここで大橋さんに会うとは思はなかったね。あなたがいやだったらお断りするわよ、約束していたわけじゃないんだから」
「いいよ、気にしないで。今夜は帰らなくていいんだから・・・少しぐらい寄り道しても、構わないよ」
「うん、ありがとう。でも私たちが泊まることを知ったら・・・夫に話されるかなあ・・・」
「それは大丈夫だよ。彼は弁護士だろう?しないよそんな事は、出来ないだろうし、守秘義務ってあるらしいよ。少なくとも麻子は良く知った友人であっても、ボクはお客だからね。ボクに対しては守秘義務がある」
「そうなの?なんだかそのことも偶然ではないように感じるの。ここでお会いして話すこと自体が決められていたことのように・・・」
「勘ぐりすぎだよ!偶然さ。自然に向き合うだけでいいんじゃないの?」
「そうね、そうだわきっと・・・さあ、食べましょう」

コースメニューは約一時間半で終了した。レシートにサインしてクロークから荷物を出しひとまず部屋に入った。大橋との待ち合わせを10時にしていたから少し時間があった。二人は少しの時間を惜しんで、抱き合いキスをした。化粧を直してからロビー奥にあったバーへと降りていった。
大橋は先に来ていた。テーブル席でお互いが向き合うように座った。すでに用意されていたウイスキーのボトルで水割りを作って飲み始めた。乾杯に続きそれぞれに紹介しあった。直樹が感じた品のいい受付の女性は大橋の妻であった。なるほどと思い、夫婦で仕事が出来ることを羨ましくも感じた。そこから話を始めた。

「ご夫婦ご一緒にお仕事が出来てよろしいですね?」
「いや〜あ、斉藤さん、良い時ばかりではありませんよ。仕事の内容が全部見えますからねえ。こんな仕事していると、妻に知られたくないことってたまにあるんですよ。大きな声では言えませんが・・・」
「もうすでに言っておられますよ!」
「そうだった!こりゃまずい・・・」

笑いに包まれてムードは良くなった。

直樹と麻子はダンスのパートナーを組んで来年春の大会に出ることを話した。そして今猛練習中だとも付け加えた。

「そうでしたの・・・麻子さんはお綺麗だから映えるでしょうね、ねえ?斉藤さん」
「はい、そう思います。ボクはまだ新米だからえらそうな事は言えませんが、麻子さんはとてもお上手です。僕さえうまく踊れたら、結構いいところに行くんじゃないのかと、思うんですがねえ」
「羨ましいわ・・・私たちはずっと一緒にやってきたことって、仕事ですもの。ねえ、あなた?」

大橋の妻は麻子を羨ましく思った。しかも年下の男性を彼にしているのだから。

「おいおい、悲観するなよ。おれだって暇があれば付き合うぜ。今は仕方ないって思ってるよ」
「本当かしら、ウフフ・・・まあいいけど。ところでご主人確か株のコンサルタントやられていましたよね?なにかおいしい情報ってありませんの?」
「はい・・・確かなことではありませんが、私には持っている株を手放すようにとアドバイスしました」
「ええっ?こんなに上昇しているのに、売るんですか?あなた、どう思います?」
「功一郎は昔から勘のいい奴だったから、何か感じたのだろうなあ。俺には良く分からないけど、お前が気になるならその通りにしたらどうだ?」
「何で売るのか聞いているの?」
「詳しくは解りませんが、なにやら戦争が始まる気配だって、言うんです」
「戦争か!どこだろう?株に影響するほど大きいものなのだろうか」
「そこまでは知りませんが、間違いないことのように話してくれました」

直樹は麻子と大橋夫婦の話を聞いて自分が参加できないことが、少し惨めに思えた。仕方ないが、貧乏人がいるという事を考えて欲しかった。

「斉藤さんは、確か輸入品のお仕事でしたね。ここの所の円高は商売にはプラスになっているでしょうね?」
大橋は気を利かせて話題を変えた。

「あっ、はい。多分・・・今はセールスしなければ売れないって事がありませんから。入荷待ちって感じで商品は出て行きます。給料は変りませんが、ボーナスは少し多くなりましたよ。このまま続くといいのですがねえ・・・」
「そうでしたか!それは何よりです。今日本はバブルですから、このまま続くといつかは風船のように爆発するかも知れません。功一郎が話していた株を売ると言う話は、その警鐘なのかも知れませんよ」
「警鐘ですか・・・うちの会社もそのうち反動をかぶる事になる、と言う事ですね。社長に話してみるかな・・・あまりそうしたことは話題にならないから」
「それがいいですよ!きっと見直されますよ。経済的な観念があるって、ハハハ・・・それで、麻子さんは全部手放すのですか?」

大橋は自分も妻名義で数万株を所有しているので、本当は気になっていた。麻子の顔をじっと見て、答えを待っている。

「はい、息子名義のも含めてすべて売り、定期預金にしろと、言われましたので」
「そう・・・凄い金額になるのでしょうね・・・税金が大変だ」
「税金?」
直樹は聞いた。

「そうだよ、株を売却したら得た利益に取得税がかかる。朝子さんのところは数億だろうから、数千万は来年払わないといけなくなるよ、きっと」
「そうなの!主人知っているのでしょうか?」
「多分そんなこと投資家は知っていますよ。それでも売れ!と言う事ですよね・・・ん・・・考えないといけないなあ・・・」

大橋は妻とこそこそ話した。直樹は凄い世界の話にあっけに取られて何も言えなくなっていた。

大橋夫婦は直樹と麻子との関係については何も聞かなかった。聞くまでも無いという風に見えたのだろうか。少し雑談をして11時を回ったところでお開きになった。ロビーで別れの挨拶を交わし大橋夫婦は待たせていたタクシーに乗り込んだ。直樹たちはそれを見送ってエレベーターで部屋に戻っていった。

「ねえ、あなた。聞かなかったけど、麻子さん今夜は斉藤さんとお泊りなのよね?どうなっているのかしら、あそこの御夫婦は・・・」
「おいおい、詮索するのはやめろよ。仕事をわきまえないと・・・」
「分かっているわよ!あなたの同級でしょ、功一郎さんは!気にならないの?」
「功一郎はもてるやつだから、麻子さんは何か気づいてしまったのかも知れないな。夫婦のことは他人には分からないものだよ。幸せだって、お金だけじゃないし。僕にはお前がいるから、安心だし、仕事もしっかりとやれる。感謝しているよ、結婚して良かったよ。ずっと幸せにするから・・・」

今夜の大橋はいつに無く雄弁だった。妻の肩を引き寄せながら、頬に軽くキスをした。顔を見上げながら、夫の言葉を素直に嬉しく感じていた。麻子たちに負けないぐらい、熱い夜になる・・・そんな気持ちが沸いてきた。同い年の麻子に負けたくないという気持ちも強かった。

部屋の窓を開けてベランダに出た直樹は、クリスマスナイトの街灯りを見下ろしていた。たくさんの部屋の明かりにはメリークリスマスもあれば、プアークリスマスもあるのだろうと、想像した。麻子が「寒くない?」と近寄ってきた。
「なあ、俺たちは幸せなハッピークリスマスだよな?麻子」
「うん、そうよ。今までの中で一番のハッピークリスマスよ、直樹」