この雨が止む頃に
背中越しに投げかけられた言葉に今度こそ驚いて、春奈は慌てて体ごと振り返った。足下の死体を踏みつけそうになるのをかろうじて回避し、だらけきっていた背筋に力を入れる。向き直った視線の先で、ダウンジャケットをだぶつかせた少年がやけに姿勢よく直立していた。今日はやけに後ろから話しかけられるな──などとくだらないことを考えながら、少年の名前を呼ぶ。
「……知之」
「あ……えと。こんにちは──ごめんなさい。ひょっとして、今の人とのお話、邪魔しちゃいましたか?」
「今の人? ……ああ、うん。あれは別にいいよ。知り合いってわけでもないし」
「そうなんですか?」
「うん。こっちこそノーブラノーメイクでごめん」
「…………」
夕陽以外の原因で、知之は一瞬で真っ赤にのぼせた。口元を押さえて笑い、春奈は一歩足を踏み出す。
「今日はどうしたの? 学校に行ってると思ったのに」
「学校行ったんですけど、今ちょうど帰りです。先輩に話したいことがあって……」
「話? 私に?」
「はい」
はっきり頷く知之の顔は、春奈から見ても悲壮だった。これから死にに行く兵士のような決意を秘めている。
ひらり──と。
一枚、羽根が舞い落ちる。
知之の背中を覗き込んだ。
まだ大丈夫。
きっと大丈夫。
大丈夫だと、春奈が信じている限りは。
「先輩。俺、先輩と一緒に暮らしたい。きっと天使化して先輩をバラバラにしてしまうんだろうけど、そのかわり他の奴らには先輩に指一本も触れさせないから、それまで先輩の嫌がることなんか何もしないから、だから先輩と一緒に暮らしたい」
笑え、と自分に言い聞かせて。
「オッケィ、少年、テキニイーズィー。まずはお互い、わかりあおうぜ?」
「それはもちろん、喜んで」
それはもちろん、愛の形なのだろう。
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