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この雨が止む頃に

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「春さんはさ。拳銃を持ってるんだよ」
「…………」
「天使化症候群にかかった人がいてね。その人を殺して自分も自殺しちゃった警察の人が、くれたんだ」
「……それで?」
「もし、自分が死にそうになったらさ」
 美雪の喉が震えた。
 つっかえた言葉の続きを模索するようにかぶりを振り、丁寧に切り揃えられたおかっぱ頭が左右に揺れる。
「……もし、自分が死にそうになったら──春さんは、拳銃を撃つのかな」
「…………」
「世界が終わっちゃうんだから、みんな死んじゃうんだから、それが早いか遅いかなんて関係ないって思うんだよ。でも、そうしたら──春さんは、一番春さんが大切にしてた人に、殺されちゃうんだよ。一番大切にしてた人に殺させちゃうんだよ」
「ああ。そうだな」
「……拓さん、泣いてるの?」
「ああ。そうだよ」
 いつ死ぬのも一緒。
 だけど、一番大切だと思っていた人に、最後の最後で殺されてしまう──殺させてしまう。
 それは多分、とても悲しいことなのだろう。
「……もしさ。もし俺が天使化症候群に感染して、おまえを殺そうとしたら──おまえ、俺を撃てるか? 俺はもしおまえに殺されそうになっても、多分撃てない」
「……私も撃てないよ」
「うん。それはだから、それまでなんだよな。俺達はそういう人間なんだ。春奈先輩に拳銃を渡した人は撃てたかもしれないけど、俺達はそんなもの渡されたってどうしようもないんだよ」
「……うん」
「だったらどうしたらいいんだろうな? とりあえず言っとくけど、俺は期待なんかしてない。春奈先輩の家に行ったらクラッカー鳴らされてさ、わざと連絡しなかったんだ、びっくりしただろなんて言われてさ、俺が怒ったりおまえが止めてくれたり……そういうの、全然期待してない。多分春奈先輩は拳銃を撃てないし、知之は一番大切な恋人を殺してるよ。でも、だったらどうしたらいいんだろうな?」
「…………」
「泣くしかないじゃんかよ。友達が死んでるんだ──友達が死んでるんだよ。だったらもう泣くしかないんだよ」
「……拓さん」
「なんだよ」
「私は泣けないよ」
 拭っても拭っても溢れこぼれる涙をそのままに、血が出るほど強く唇を噛んで、皮膚が裂けるほど強く手のひらを握りしめて。そうして立ち尽くす拓也の髪にそっと触れて。
 美雪は、今にも泣き出しそうな顔で、笑った。
「拓さん、だから私は約束する。こんなにも悲しくて辛い世界でする、一番最後の約束」
「…………」
「私はもうこれ以上、拓さんの周りに、不幸の存在を、認めない」
「……ああ」
「だから拓さん、少しだけ期待しよう。今から春さんの家に行ったらクラッカー鳴らされて、わざと連絡しなかったんだ、びっくりしただろなんて言われて、拓さんが怒ったり私が止めたり……そういうの、ちょっとだけでいいから期待しようよ。この雨が止む頃には──きっとみんなが幸せになってるって、そう信じようよ」
「──期待が裏切られたらどうする?」
「そういうときはね、泣くしかないんだよ、拓さん」

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作品名:この雨が止む頃に 作家名:名寄椋司