かがり水に映る月
10.硝煙の匂いが僕の決意を固めたんだと、今ならわかる(1/4)
「う……あ……!」
月は自分を騙していた。恋人の姿で現れて、ていのいい隠れ家を確保し、邪魔になれば自分をも始末しようとした。
疑念が今、真実になる。何よりも恐れていた、外れればいいと思ったたった一つの真実。
空の月は無慈悲に浮かんでいた。まだ、残り時間があるという証拠だった。処刑にはまだ早い。
だが、それが早まったところで何が問題になるだろう。
風はさっきまで吹いていたものを、今はうそのように止んでいた。
月(ゆえ)が口を開くよりも早く、
「うわああああああッ!!!!」
完全にパニック状態に陥った英人が、手にこもる力とともに全ての引き金を引いた。
発砲音が響き渡る。そのまま、英人は腰を抜かしてしゃがみこんだ。当たったのかも、確認できずに。
恋人の姿。
月は、幻が扱えるなんて一言も言わなかった。『自分を見る対象が望んだ姿』に見えるということを、隠していた。
つまり、自分にとっては、亡くした恋人を想っていたのだからその姿に見えてもなんらおかしくなかったのだ。
偶然なんてあるものか。
期待した分だけ、涙があふれた。運命だと信じた分だけ、怒りがこみあげた。
自分だけが知らなかった。
知らずにへらへらと顔を緩ませて、幸せを感じて、騙されていて。
信じていたのに。
僕は、月のことを心から信じていたのに。過ごした数週間、ずっと。
それだけではない。
月が違和感なく口裏を合わせることができたのも、名前を聞かれた時真という名を出す芸ができたのも、全ては――。
彼女が真のことを知っていたからだ。
そうだ、なんだって知っていた。
最期も。
誰が殺したのかも。
当たり前だ、真を殺したのは月なのだから。自分が生き延びるために、たまたま出会った真を犠牲にした。
そしてそれを隠し、恋人面をして自分に近づき、何もしらない顔をして、邪魔になれば自分さえ、
「ふざけるなよ……こんなのってないだろ!? なんなんだよッ!!!」
月明かりに照らされて、英人は喉を切り裂くほどに痛々しく叫んだ。月の気配はわずかにあるが、反応はない。
至近距離だ、おそらく弾は当たったのだろう。だが、そこに復讐を遂げたすがすがしさはなかった。
むなしい。
ただ、むなしい。
「桂……いつか言ったね。面白いことが、我々には常に必要なんだ。飽いては死ぬ」
「……」
「これに罪悪感を抱いてはいけないよ。これから、もっと楽しくなるのだから」
少し離れて立っている二人には、全てがどうなったか見えていた。草に埋もれながら、泣き続ける英人。
そして、そこから少し離れた位置にうつぶせに倒れている月の姿。あおむけに倒れなかったのは、銃撃の衝撃をも一度は受け止めたのだろう。
「おそろしいタフさだね、まったく」
そう、全てが見えている。
月の指先がぎこちなく動き、地を支えに顔を上げようとしている姿も。