かがり水に映る月
09.だから言いたいんだ、これが最後かもしれないから(3/4)
「殺すなよ!」
皇の発した声は、あたかも発砲音のようだった。一秒違わずして桂は低姿勢で、鉛弾のように飛び出す。
それと同時にシースから刃を抜き放った。姿勢を崩すべく、切り払う。
「英人、なんかもってないわけ!?」
対して、月は丸腰である。純血種の高い能力を生かし素手でやりあうのも十分可能だが、なんとなく不平等だ。
だが、それは単なるおかしなこだわりである。
立って見ている性悪の人狼が鍛えたのだろうか。桂は、若い人狼と思えないほど素早く無駄のない動きをとっていた。
「あるわけないだろ!」
――いざとなれば、人間もたまにやるように活動限界のリミッターを外すしかないか。
その時、自分が暴走して英人に被害がいかなければいいのだけれど。月は心中ひとりごちる。
避けに徹しながら、相手の癖や出方を伺う。
ナイフが空を切る音が、闇に染み渡っていく。生えっぱなしの草が足をつかむが、転ぶわけにはいかない。
「(まずい……!)」
英人に近すぎる。月はそれに気づくなり、避け方を変えた。切り払いに対し大きく飛び上がり、追撃に出された刃の上に――とん、と着地する。それは一瞬というにも短いことで、おそらく体重はかかっていないのだが、あまりにも人間離れしていた。
観客と化した皇がひゅう、と口笛を吹く。
そのまま桂の背後に降りると、月は力を制御した上で回し蹴りを放った。直撃した桂の体勢が崩れる。
ナイフが、手から落ちた。
「あんた、人を殺したことないのね」
「何を……」
「動きは見事だけど、詰めが甘い。いざという時に引き金を引けないタイプなんじゃない?」
「そんなことはないッ!!」
完全に逆上しているのは明らか。懐から銃を取り出し、言葉遊びに応えるとばかりに銃口を月に突きつけて、桂は止まった。
自らの首もとに、ナイフの刃があてられている。人狼にもそうそう出せない速度で、どうやら落ちたナイフを拾ったらしい。
双方、構えたまま動かない。引き金を引けば、ナイフを振れば、勝負は決する。
引けない。
だが、押せない。
「そこまでだ」
突然、割り込んでくる皇。
「何よ」
「お前、挑発するつもりが自分の首を絞めたな……人を殺したことないのね、だって?」
「……」
意味がいまひとつ理解できない月は、厳しい表情のまま固まっている。桂の動向も気配で伺っているが、動く様子はない。
「ここに、誰がいるのか……わかって言ってるんだろうな」
「……あ……!」
「そんな、さぞ自分が人を殺したことがあるような言い方をして。墓穴もいいところだ」
「人……殺し、え……?」
「英人!」
「月は、生きてる時間が僕より長いから……人殺しが見分けられるだけ、だよね……?」
「そ、そう……そうよ」
「殺したことなんて、ないよね…?」