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サルバドール
サルバドール
novelistID. 32508
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いつか見た風景・第1章

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浦澤は渋面を作って、ウーンと唸った。酒で鈍った脳で思考を働かせる。もう一人の自分が仮に存在するとして、そいつが今の自分よりも良い境遇に置かれていると判断するためには、必然的に或る条件が必要になってくる。つまり、それは、息子の卓也が生きているということだ。3年前のあの日に卓也が交通事故に遭って死んでいなかったら、自分の人生は今のようにはなっていなかったと思う。会社にも家庭にも見離されることはなかったし、この女とも不潔な関係を結ぶことはなかった。もし、あの日を境に歴史が分岐していて、息子の死を経験していない“もう一人の自分”がいるのだとすれば、考えられる選択肢は一つしかない。浦澤の脳裏に或る恐ろしい考えが浮かんだ。俺だったら、俺だったら……

「……殺すだろうな」

そう言った途端、女はタガが外れたように笑い始めた。

「どうして笑うんだ?」
「面白いからよ」
「自分が笑われたら怒るくせに、勝手な女だな」
「違うのよ、あなたの発想がね、わたしのとまるっきり同じだったからよ」
「同じって?」
「つまり、わたしも殺したいって思ったわけ」
「……さっきの話の続きだけど、まさか、君はもう一人の自分を殺したなんて言わないだろうな?」

重い沈黙が2人の間に流れた。明菜は、口の端を歪めて、浦澤の耳元で囁いた。

「そうよ」

今度は浦澤が笑った。それは女が見せたのとは違って、心からの侮蔑が籠った笑いだった。女の顔が気色ばむのがグラス越しに見える。浦澤はマッカランを煽ってから、馬鹿にするように言った。

「君の話は面白い。でも、致命的な欠陥があるよ。君がもう一人の自分を仮に殺したっていうなら、どうして君はこの世界に留まっているんだ?」
「どういうこと?」
「別の世界にもう一人の自分が住んでいて、そいつを殺すとするなら、考えられる理由は一つしかないだろ。要するに、そいつの人生を奪いたいと思った時だよ。俺だってそうするよ。そっちの世界へ行ってそいつの人生を生きるだろうな」
「わたしだってそうしたわよ」
「なら、何で此処にいる? 君の御説が正しいのなら、君が此処に留まっているのは論理的におかしいじゃないか」
「おかしくないわよ」

明菜は浦澤からグラスを奪って、茶色の液体を一気に飲み干した。グラスは中の凍りだけを残して空になる。

「あなたは勘違いしているわよ。あなたは多分、全く逆のことを考えている。先入観ってやつがそうさせるのかしらね」

“逆のこと”という表現を聞いて、浦澤はすべてを理解した。女の方に顔を向け、舐めるように視線を這わせる。女の口元が歪んでいる。そういうこと、と言って、女は浦澤の顔を指でなぞっていった。

「わたしが此処へ来て、もう一人のわたしを殺したのよ」

浦澤は女の手を掴んで呟くように言った。

「君は病院に行った方がいい」

トイレに行く、と言って浦澤が立ち上がったのと、彼の携帯が着信を告げたのは、ほぼ同時だった。浦澤は女の手を振り払って、奥のトイレに向かった。スーツの胸ポケットの中で携帯が単調なメロディを奏でている。トイレの扉を開け、浦澤は携帯を取り出した。液晶に表示された番号を見て、浦澤の心臓が早鐘を打った。それは死んだ息子の番号だった。090から始まる11桁の番号の下に、「卓也」と表示されている。浦澤は、震える手で携帯を耳に押し当て、ボタンを押した。

「もしもし……」

数秒の沈黙の後、聞き慣れた声がスピーカーから聞こえてきた。

「……もしもし、お父さん?」