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飛鳥川 葵
飛鳥川 葵
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クロス  第七章 ~DON'T STOP~

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「また今晩もディータですか」
「あぁ。自警団と話してくる」
「気を付けて下さいよ。クロスが親分の首を狙っているんですから」
「分かってるよ」
 そう言ってアレックスは出ていった。途中、ロンの部屋により、今のところ事件は起きていないコトを伝えた。
「危ない橋渡ってんだろ」
「さてね。ロンは何も考えずに私に任せておいてくれればいいんだよ」
「分かってるよ。気を付けてな」
 ありがとうと言ってドアを閉め、ディータに向かった。

 ビリーはヨハンからの定時連絡を待っていた。
「オレ、ヨハン」
 ヨハンの声は興奮していた。
「今日はどうですか」
「ビッグニュースだぜ。連中に『神足のガンマン』アレックス・ウィンタースについて聞いてきた奴がいたってさ。なんでも黒ずくめの長身の男で、見るからに怪しかったって。『神足のガンマン』かどうかは知らないけど、アレックス・ウィンタースを知らない奴はいないっての」
 ヨハンは早口で捲し立てた。
「それでどうされたんですか」
「南に住んでる奴だって答えたら去っていったって」
「そうですか。ありがとうございます。情報料は後程お渡しに伺いますよ」
「あぁ、待ってるよ」
 遂に引っかかった。ビリーはディータに電話をして、アレックスに伝えた。

 次の日、アレックスはディータには行かず、暗い夜道を選んで歩いていた。事件のあったヨーマン通りで自警団と遭遇し、一人が声を掛けてきた。
「おい、アレックス。お前何かやらかしたか。変な奴がお前のコト聞いてきたぞ」
「なんだって?」
「『神足のガンマン』アレックス・ウィンタースを知らないかってさ」
「そうか」
「『神足のガンマン』って何だか知らねぇけどよ。どんな奴かって聞くから答えといたぜ」
「男にしか見えない一七八センチの栗色の髪をした奴って言っといたぜ」
 自警団は馬鹿笑いをした。
「黒ずくめの長身の男だったよなぁ、おい」
「変な奴は変な奴を呼び寄せるんだなぁ」
 自警団は笑いながら去っていった。近い、そうアレックスは思った。

 次の日もアレックスは暗い夜道を歩いていた。ビリーは心配そうに送り出した。早く安心させねばと、アレックスは逸る気持ちを抑え切れなかった。
 クロスは今どこにいるのだろう。そんなコトを考えながら歩いていると、ヨーカス通りに出た。角に大きな棺桶屋があるので、アレックスが「棺桶ストリート」と呼んでいる通りだ。アレックスは足を止め、ここでクロスを待つコトにした。なんだか絶好の場所に思えたからだ。
 そうして何時間か棺桶屋の前で座って張っていると、足音が聞こえてきた。ハッとして立ち上がると、巡回中の二人組の軍人だった。一方の軍人がアレックスに気付き、警告してきた。
「ガンマン風情がこんな所にいちゃいかん」
「はいはい、ご苦労様」
「気を付けて帰るように」
「はいはい」
 アレックスは帰る素振りをしたが、二人が去っていくとまた棺桶屋に戻った。
 再び足音が聞こえてきた。その方向を見やると、黒ずくめの長身の男が近寄ってくるのが見えた。
「お前が『神足のガンマン』アレックス・ウィンタースか」
「そうだ。あんたがクロスか」
「そう呼ばれているな。よし、勝負をしようじゃないか」
 クロスは言うが早いか、十バックス硬貨を取り出していた。放り投げる。地面に落ちる。クロスのトゥーハンドが火を噴く。二発の銃声が虚空に響いた。
「何故?」
 クロスは驚愕した。アレックスがコートを翻して、クロスの懐に飛び込んできていたからだ。そしてクロスの顎(あぎと)に銃口を突き付けていた。神足とは初歩からトップスピードに乗れる能力のコトである。
「『神足のガンマン』とはそういうコトか」
「早撃ちとは違うんでね。さぁ観念しろ」
 アレックスが銃床をクロスの首筋に叩き込もうとした時、邪魔が入った。自警団がやって来たのである。銃声を聞きつけ、走ってこちらにやって来るのが見えた。アレックスが一瞬気を緩めた隙にクロスも自警団に気付き、その場から離れようとした。アレックスは舌打ちをし、銃を仕方なしに納めた。
「命拾いしたな。行けよ。だがその前に約束しろ。明日ここに戻ってくるってな。仕切り直しだ」
「あぁ。望むところだ。今日はオレが油断したに違いないからな。じゃあな」
 クロスは闇に紛れた。アレックスはまだまだ甘いなと思いながら腰に両手をあてがい、ため息をついた。そこに自警団が到着した。
「なんだ。アレックスか。何があったんだ」
「なんてコトはない。ただの暴発だ」
「おいおい。勘弁してくれよ。お前らしくもない」
「そんなコトもあるさ。悪かったな。帰るよ」
 自警団がぶうぶうと文句を垂れる中、アレックスは事がややこしくなる前に帰途に就いた。

 翌日、今夜で終わると言ってアレックスは洋館を出た。ビリーにはその根拠が分からなかったが、アレックスの不敵な笑みを見て、何故だか落ち着いた。
 アレックスは棺桶屋の前でボーっとしながら座って待っていた。今夜は雲一つなく澄み渡っている上に満月で、かなり明るかった。それゆえ底冷えしていた。早くクロスが現れないだろうかと手を温めながら足をさする。コートの右ポケットには弾が大量に入っていた。時折何気なくそれを触ってはジャラジャラと音を立てて、軍人時代を懐かしんだ。ロクな思い出はなかったが。
 流石にこの寒さの中、同じ体勢はきついと思い、立ち上がって体をほぐし始めた。
 なんとなく凝りがほぐれたところに足音が聞こえてきた。待望のクロスの登場である。
「来たな」
 そう言いながらアレックスはクロスと対峙すべく通りの中央に歩を進めた。顔には不敵な笑みを浮かべて。
「楽しそうだな」
「まぁね。お前が私にひれ伏すのが見えてるんでね」
「それはどうだろうな。オレには逆の絵が見えるが」
「奇遇だね」
「じゃあ、始めるぞ」
 クロスが十バックス硬貨を取り出す。放り投げる。地面に落ちる。トゥーハンドが火を噴き、神足が飛ぶ。フォア・ローゼスは顎を捉え、クロスのプラット・バレーが脳天を捉える。互いの口の端は奇妙に歪み、笑い声が漏れる。
「こう来ると思った。どうやら馬鹿ではないらしい」
「同じ手を食う奴がいるか」
 互いに鼻で笑い飛ばすとゆっくりと銃を離し、距離を置くと申し合わせたように同時にトリガーを引いた。横っ飛びで通りの両端に分かれる。アレックスは立て掛けてある幾つもの棺桶に、クロスは積み上げられた幾つもの木箱に身を隠して撃ち合った。幾度もシリンダーを振り出しては薬莢を落とし、弾を詰め込んだ。アレックスはほぼ正確にクロスの居場所を捉えていた。その点ではクロスは劣っていた。
 銃声に気付いた棺桶屋の主が玄関を開けて飛び出してきた。アレックスは「死にたくなければ中に入って、窓から離れろ」と叫んだ。主はその声に弾かれて勢いよく玄関を閉めた。
 アレックスには弾が見えているかのようにギリギリの所で躱していた。当たりなどしないとばかりに利き腕の左腕を伸ばして撃ち、弾が切り裂く空気の音を聞き分け、顔にその振動を感じた。