「神のいたずら」 第八章 母の心配
手を振りながら、碧はスクランブル信号を走って渡って行った。俊一と二人きりになって、少し落ち着かなくなった。
「ゆっくり話せるところへゆこう」俊一は静かなカフェを知っていた。少しうつむいている弥生にどう声を掛けようか迷いながら歩いていた。カフェに入って向かい合って席に座り改めてゆっくりと弥生の顔を見た。4年前の出来事が思い出された。まだ中学生だった弥生と今はずいぶんと違う。こんなに綺麗な子だったのか・・・自分のしたことを本当に恥じた。弥生が早稲田に来なければ一生逢えなかったと思うと、今こうして此処にいることが、嘘のように嬉しく感じた。
「弥生は今付き合っている人はいないのか?」
「いないよ・・・俊一さんは?」
「うん、今はいないよ。こうして逢えたことが嬉しい。直ぐじゃなくていいから、俺と付き合ってくれないか?」
「・・・忘れられないの・・・俊一さんのこと好きだったのに・・・自分が怖いの、思い出してパニックにならないかって・・・誰ともお付き合いはきっとしないだろうって思ってた」
思っていることをすべて話そうと弥生は決めた。
「俺は確かにどうかしていた。取り返しのつかない事を弥生にするところだった。謝りきれるものではないと思うけど、二人とも大人になったから、きっと乗り越えられると思うよ。乗り越えて欲しい・・・そして俺を許して欲しい」
「妹に言われたの・・・今でもお姉ちゃんはすきなんじゃないの・・・って。ビックリした。ずっと封印してきたのに、開いてみると怖かった思い出だけじゃなく、優しかった俊一さんの思い出も一緒に甦ってきた。恥ずかしいけど妹の胸を借りて泣いてしまった・・・今日もあの子は私のために付き合ってくれたの」
「そうだったの・・・いい関係なんだね二人は。羨ましいよ。俺のところは男二人だからあまり話すこともなくお互いの事などほとんど知らない。少し見習わないといけないな」
「私もあの子が事故に合うまではそんなに話すことなかったんだけど、治ってからは人が変わったみたいに甘えてくるのよ。寂しかったのかしらね・・・俊一さんも弟さんのこと気遣ってあげてね。話し合えば心が通じるから・・・兄弟なんだもの」
「ああ、そうするよ。ありがとう心配してくれて。そうか、碧ちゃんって、いい子なんだな」
「私より興味あるんじゃないの?ひょっとして・・・」
「何言ってるんだ!勘違いするなよ」
「冗談よ・・・あれであの子好きな人がいて夢中なんだから・・・」
「弥生も同じ中二だったじゃないか・・・早くなんかないよ。応援してあげなきゃ」
「応援してるよ。でもね、ませてるのよ、13歳とは思えない。私なんかよりずっと・・・止めておくわ、怒られそうだから」
「ハハハ・・・なんだか解るような気がする」
「本当に?私は・・・幼いかしら」
「ううん、そんなことないよ。十分大人だよ・・・」
弥生は俊一が昔のように優しく感じられてきた。自分が早稲田に合格したことも、この出会いのために引き寄せられたのかも知れない。偶然ではなくどこかで求めていたことだとしたら、きっと運命が回り道をしただけなのだろうと感じ始めた。
メールの着信音が鳴った。碧からだ。
「もう行かなくちゃ・・・妹が駅にいるから」
「うん、じゃあ出よう」
「返事は待って・・・必ずするから」
「解った」
渋谷駅の前に行くと碧はすでに待っていた。二人の姿を見て駆け寄って来た。
「お姉ちゃん・・・」手を握り合った。自然とそうする姿を見て俊一は微笑ましく思った。女の子同士っていいなあとさえ感じた。
「ねえねえ、どうだったの?仲良くしてゆけそう?」
「うん、もう少し時間が欲しいけど・・・そのつもりよ」
「ダメだよ!もう少しなんて言ってちゃ!」
碧は今握った手をもう一度掴み今度は俊一の手と繋ぎ合わせた。
「こうしてみると・・・よく解るよ。二人の心が同じように感じていることが・・・ね?」
「碧・・・」
「碧ちゃん・・・この手を離さないよ。どんなことがあってもこの手を離さない。弥生が嫌だと言っても離さない・・・男として絶対に守りたいから・・・」
「俊一さん・・・弥生でいいの?臆病者だよ、泣いてばかりいるよ、困らせたりするよ・・・それでも好きでいてくれるの?」
「もう言うな・・・俺を信じるんだ。約束するから」
人目を憚らず弥生は先ほどの返事をした。もう心の中であの日の悪夢は消えようとしていた。
「お兄ちゃん・・・お姉ちゃんは純情だから傷つけないでね。碧と指切りして約束して!ずっと優しくするって」
「ああ、約束するよ・・・じゃあ、指切りだ。本当の妹になれるといいな」
「なれるよ・・・碧も応援するから」
「ありがとう・・・碧。ずっと悩んできたことが解決した。これからは俊一さんと過ごせる時間が楽しみに変わる」
「今日は付いて来てよかった。お姉ちゃんの嬉しい顔見れて、碧も嬉しい」
「じゃあ、また連絡するね。逢って良かった・・・」
「俺もだ・・・じゃあまた」
俊一と繋いでいた手を碧に繋ぎかえて山手線のホームへと歩き出した。家に帰ってきて、弥生は本当に嬉しそうな表情をしていた。
「いいことがあったのかしら?」由紀恵はその顔を見て尋ねた。
「お姉ちゃん、ママに話してもいいんじゃない?」
「うん、そうね・・・碧から話して」
「いいよ。ママ、お姉ちゃんね・・・恋人が出来たの。上松さんっていうんだよ。とってもかっこいい人」
「へえ〜そうだったの。良かったね。同じ大学の人?」
今度は弥生が答えた。
「そう。中学のときの先輩と再会したの。今日改めて付き合いたいって言われた」
「今度ママに紹介して頂戴ね」
「解った・・・碧に言われたのよ。好きなんでしょ・・・って。一緒に付き合ってもらって良かった。勇気が出たもの」
「そう、それで一緒に出かけたのね。どちらがお姉ちゃんなのか、解らなかったわね」
「ほんと・・・碧は・・・ませてる」
「そんな言い方しないで!一生懸命に考えたんだから」
「ママからもありがとうって言うわ。弥生はずっと勉強ばかりしていたから、ちょっと心配してたの。友達も出来ないんじゃないかって。小学校のときから仲良かった子とも、いじめに遭って離れたし、高校に入ってからは出掛ける事もなく、家に居たからね」
「ママね・・・お姉ちゃん理由があったのよ。言わないけど、これからは大丈夫よ。碧のことは・・・心配しないの?」
「えっ?お友達のこと?」
「彼が出来るかなあって・・・心配にならない?」
「まあ!碧は・・・積極的だから心配していませんよ。違うことを心配するわ」
「違うこと?なにそれ?」
「碧、ママはね、あなたが中学生に相応しくない行為をするんじゃないかと、心配するって言ってるのよ。解る?」
「お姉ちゃんが言っている事と同じなの?でももう許すって言ってくれたから・・・ママも許してよ」
「何を許すの?弥生と何を話したの?」
「碧!心配掛けるから止めなさいよ、ママに話すことは」
「弥生まで・・・秘密にしようとするの。ママは同じ女よ。あなた達と同じ気持ちもあるのよ。話して、碧」
作品名:「神のいたずら」 第八章 母の心配 作家名:てっしゅう