篠原 めい3
今は、板橋家で暮らしている。雪乃とは週末に会うぐらいだから、軟禁はできないよ、と、篠原が笑うので、ぺしっっと軽く額を叩いた。そして、めいも笑い出す。思っていたより、しっかりしているので、めいも安堵した。もっとおかしくなっているのではないか、と、五代とふたりして、そればかり気になっていたからだ。
「篠原は雪乃がいないと生きていけないんだから、さっさと良くなって雪乃のところへ帰りなさい。」
めいの言葉に、板橋夫婦も頷いた。やはり誰もが、一対だと感じているのだ。いつか返さなければならない、と、夫婦も考えている。
「・・・うん・・・そうしたいと思ってるよ。・・・ああ、おかえり、五代、めい。お疲れ様でした。」
お出迎えの挨拶をして、篠原も微笑む。無事に戻って来たのが嬉しいと思っている。宇宙では何があるかわからない。いくら、ただの物資人員輸送といえど、突発事項なんてものは起こり得る。
「ただいま、篠原。」
「ただいま、ポチ。いい子にしてないから、お土産はなしよ? 」
「・・・お土産って・・・」
そんなもの、あるわけないじゃないか、と、篠原がツッコミをしたら、少し離れたところから、「申し訳ありません。」 という声が聞こえた。
そちらに五代たちが振り向くと、背後で腰を深々と折って謝っている女性が居る。
「私たちが、篠原さんに怪我をさせました。どうか怒らないでください。篠原さんは悪くないんです。私たちが、篠原さんを糾弾なんかしたせいで・・・ごめんなさい。謝って済む問題ではありませんが、償いは必ずさせていただくつもりです。」
泣きながら鈴村は謝った。騙されていたとはいえ、こんなことになったのは自分たちの落ち度だ。情報の確認もせずに暴走したのは、自分たちだからだ。篠原が、まだ療養中の身で、精神的にも立ち直ったばかりだと聞かされて、背筋が凍るほど恐怖した。下手をしていたら、篠原は、もう一度壊れていたかも知れなかったからだ。毎日のように見舞いに訪れているのも、篠原が少しずつでも快方に向かっている姿を確認していたかったからだった。現実に、五代というVF艦長が心配して現れて、引き起こした出来事が大きな影響を及ぼしたと、再度、自覚した。篠原は、何も悪くない。ただ、自分たちの糾弾を聞き、自分たちが間違っていることを正そうとしただけだ。糾弾を受けることも怪我をする必要もなかった。だから、謝るのは自分だと声を出した。
はっと沈黙した五代たちは、次の言葉を吐き出そうとしたが、声を発したのは篠原のほうが先だった。
「・・・鈴村さん・・・もういいんですよ。鈴村さんだって騙されていたんだし・・・僕を庇ってくださったじゃないですか。償いなんて必要じゃありません。」
篠原が穏やかな声で、そう言う。そして、新造艦の乗員の遺族なんだ、と、五代に説明する。VFは破壊されなかった。だが、新造艦は艦隊ごと消滅した。理不尽だと鈴村たち遺族は憤っていた。最新鋭の戦艦が破壊されて旧い戦艦が勝ち残った。誰だって納得できない。そこへ偽情報がもたらされて、鈴村たちは縋りついた。新造艦は完全なものではなかった。その原因が篠原だという情報で、その糾弾大会は催されたのだ。
「りんから聞いている。・・・鈴村さん、その件は、もう気になさらなくていい。篠原も、そう言ってますし、私たちも、そう思います。・・・・乗員のことは、お悔やみ申し上げますが・・・・間に合わなかったとは謝りません。私たちも、あれで精一杯でした。」
海王星で修理している状況で、開戦されてしまった。そこから、どんなに急いでも開戦場所までは間に合わなかった。艦隊の戦術が不味かったのは、さすがに、この場で言わないのが華だ。それを知っていたから、VFは再戦の準備をしていたからだ。
「・・あのね・・五代。僕、拉致されそうになった時、鈴村さんが怪我してまで庇ってくれたから連れて行かれずに済んだし、おかあさんも怪我しなくて助かったんだ。・・・だから、鈴村さんは命の恩人なんだよ。」
「そうか。鈴村さん、篠原を助けていただいてありがとうございました。お怪我は大丈夫ですか? 」
五代に頭を下げられてしまうと、鈴村も、それ以上に謝れない。でも、自分が許せないのだ。信じていた相手に騙されて踊らされた事実が辛くて仕方がない。
「・・・・僕だって・・もし、岡田さんが誰かのせいで亡くなったって言われたら・・・相手を罵りますよ。だから、もう忘れてください。」
誰のせいでもない。自分のせいだ、と、自嘲する篠原の髪をめいは撫でる。あの場合、どちらかが行くしかなかった。岡田の行為は篠原を生き延びさせたが、心に大きな傷はつけた。それは癒せるものではないが、時と共に風化させていくべきものだ。今は、その風化させる前段階で、ゆっくりと時間をかけていくしかない。これからは、穏やかな時間を過ごさせたい、と、めいも思っている。自分たちの兄貴分は、よくできた人であったから、亡くなった事実は、めいにも辛いものだった。だが、自分たちは生きている。前を向いて進むしかないのだ。
「この件で謝るのはやめてください、鈴村さん。そうでないと、うちの子も、いつまでたってもベソベソしますから。」
「・・・めい・・・ひどい・・」
「だって、ベソベソしてるでしょ? これからは、高之を貸してあげるから、存分に甘えなさい。」
「・・・いらないよ・・・五代はめいのものだろ? 」
「だから、貸してあげるって言ってるの。」
「こらこら、おまえたち。俺の貸与権は、俺のものだと思うんだがな? 」
軽口で場を和ませて五代とめいは笑う。もう今更な謝罪などされても迷惑なだけだ。それなら、忘れてくれたほうが、こちらも有り難い。鈴村に板橋夫人がタオルを渡す。それを見てから、板橋に五代は声をかけた。
「板橋さん、少し三人だけで話をしたいのですが、お時間をいただけませんか? 」
「ああ、これは失礼した。積もる話もおありでしょう。私たちは一時間ほど席を外します。どうぞ、ゆっくり義行と遊んでやってください。」
どうしてもVF内部の話となると、いくら篠原と親しい板橋夫婦といえど機密事項があるから聞かせるわけにはいかない。板橋のほうも、そのことに気付いて、妻に声をかける。妻も鈴村も、荷物を手にして部屋を出る。