花は古れども
花は古れども
幾重にも帳を隔てた向こうから、泣き声の輪唱が聞こえてくる。
濃紺のセーラー服の群れの中に聞き覚えのある誰かの声を探すのを、あくび一つで少女はあきらめた。
何日か、何週間か、ひと月か、それよりもっと長く足を踏み入れていなかった教室を、ロッカーの上に座って見下ろす。足を揺らせば、季節外れの夏制服の、薄いプリーツスカートがひらりと踊る。
礼儀にうるさい女子校であったので、普段ならそんなことは許されないのだが、今の彼女は特別な存在だった――”いなくなってしまった”彼女を惜しんで、誰もが涙をこぼしているのだから。
しかしそれなりに見覚えのある顔ばかりとはいえ、親しく言葉を交わした記憶もないのに、どうしてそんなに悲しむのか、少女にはわからない。
わからないから『そんなに悲しまないで』と言うに言えず、また伝える方法もなく、ただ教室を見つめている。
そこへ授業の始まりを告げるチャイムの音が響き、すすり泣きに満ちた不気味な沈黙を破った。
世間一般で想像される、愛想もメロディーもないチャイムではない。聖歌をモチーフにした、神をたたえる音楽が、『彼女は主の御許へ召されたのです、貴女方がこれ以上悲しむことはありません』と生徒に日常への帰還を促していた。
合図を耳にした級友たちは、ひとり、またひとりと立ち上がり、頬をぬぐって教科書をそろえ始める。
それを眺める彼女を世界から守るように……もしくは世界を彼女から守るように、見えない帳で遮られたロッカーの上、音もなく降りだした白い花弁を掌に受けて、少女は涙のようだと思った。
流しても流しても涙は枯れなかった。
昨日までの彼女にとって、それがたった一つの答えだった。
幾重にも帳を隔てた向こうから、泣き声の輪唱が聞こえてくる。
濃紺のセーラー服の群れの中に聞き覚えのある誰かの声を探すのを、あくび一つで少女はあきらめた。
何日か、何週間か、ひと月か、それよりもっと長く足を踏み入れていなかった教室を、ロッカーの上に座って見下ろす。足を揺らせば、季節外れの夏制服の、薄いプリーツスカートがひらりと踊る。
礼儀にうるさい女子校であったので、普段ならそんなことは許されないのだが、今の彼女は特別な存在だった――”いなくなってしまった”彼女を惜しんで、誰もが涙をこぼしているのだから。
しかしそれなりに見覚えのある顔ばかりとはいえ、親しく言葉を交わした記憶もないのに、どうしてそんなに悲しむのか、少女にはわからない。
わからないから『そんなに悲しまないで』と言うに言えず、また伝える方法もなく、ただ教室を見つめている。
そこへ授業の始まりを告げるチャイムの音が響き、すすり泣きに満ちた不気味な沈黙を破った。
世間一般で想像される、愛想もメロディーもないチャイムではない。聖歌をモチーフにした、神をたたえる音楽が、『彼女は主の御許へ召されたのです、貴女方がこれ以上悲しむことはありません』と生徒に日常への帰還を促していた。
合図を耳にした級友たちは、ひとり、またひとりと立ち上がり、頬をぬぐって教科書をそろえ始める。
それを眺める彼女を世界から守るように……もしくは世界を彼女から守るように、見えない帳で遮られたロッカーの上、音もなく降りだした白い花弁を掌に受けて、少女は涙のようだと思った。
流しても流しても涙は枯れなかった。
昨日までの彼女にとって、それがたった一つの答えだった。