犯人はわたし?~加山刑事の捜査日誌
序:憂い顔の刑事
パチン!
乾いた金属音が、刑事部屋内に響く。
和代が乱暴に、自分のハンドバッグを閉めた音だ。
俺は、反射的に、同じ年の彼女をにらみつけた。
先程から、ハンドバッグに手を入れ、何かを探すように、中身をいじっていた駒沢和代。将来を嘱望されている、キャリア組の警部補だ。
ノンキャリア組で、まだ巡査長の俺とは、毛並みが違う。
しかし、警視庁内でも、エリート風を吹かせることなく、
誰にでも丁寧に接するため、人間としても女性としても、
人気が高いことこの上ない。
ショートヘアの似合う、細身の美形であり、言い寄る男は、確かに多い。
俺も、その中の一人だった……。
今、俺は、その他大勢から抜け出している。
エリート・非エリートの壁を乗り越え、来月9月には、和代の両親に、結婚許可のあいさつに伺う約束をしている。
周囲も公認している、やっかみはあるが。
だが、気に掛かることがある。
ここ一ヶ月、和代の表情がどこかおかしい。ベッドの中の反応も、心なしか他人行儀に思われる。
他に好きな男ができたのか?
そうではないと、彼女は即座に否定した。
追跡中の事件が、気になっているのか?
その質問には、あいまいに微笑むだけだった。
今朝から色白の頬に、不健康な青みがへばりついている。顔に帯びた憂いは、消えようとしていない。
「駒沢君」
俺が歯ぎしりしかかった時、背後から、同年齢の鈴村巡査長の大声が響いた。
「その白いバッグは確か、加山からのプレゼントじゃないのか。乱暴に扱うなんて、君らしくもないなあ」
「すみません、うっかりしていました」
和代は、鈴村の言葉を受け、俺に謝罪をした。
「構わないよ」
そう言いつつ、俺は、なおも未来の妻に対して、尋常ならざる空気を感じてならなかった。
一体、彼女を包み込んでいる、心配事は何なのか?
思い過ごしなのか。
和代は、俺と視線を合わせようとしない。
彼女がつかんだ情報により、これから、大麻関連の捜査に出かけようとしているのに……大丈夫だろうか。意気が上が
らなければ、無意味に失敗する可能性もある。
まあ、優秀な駒沢警部補ならば、公私の区別をわきまえているから、問題はあるまい。
彼女の白いスーツに、今日はしわが目立っている。
俺は、そっと後ろを振り向いた。
100キロ近い巨漢を誇る鈴村が、俺を見ながら、なぜか苦笑していた――紺色のスーツと対照的な赤ら顔で。
作品名:犯人はわたし?~加山刑事の捜査日誌 作家名:TAKARA 未来