小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
てっしゅう
てっしゅう
novelistID. 29231
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

哀の川 第一章 始まり

INDEX|5ページ/5ページ|

前のページ
 

受付の女性は、掛けて待つようにと、応接間に通した。しばらくして茶が出された。年齢は自分より上のようだが、とても綺麗な人だった。直樹は、やっぱりこういうところに勤めている女性は、自分たちのようなところと違って、綺麗で清楚だ、と思った。家柄や学歴が違うのだろう、とも思った。すぐにお待たせ!と言って、大橋は席に着いた。

「ご足労お掛けしましたね。改めて、大橋順一といいます」
名刺を差し出した。
「ありがとうございます。斉藤直樹です」
「お忙しいでしょうから、手短に申し上げます。今抱えてらっしゃる借入金の明細、借入先業者と連絡先、金額などを詳しく教えてください。それと、斉藤さんの昨年度の源泉徴収票、定期や普通の預金残高も教えてください。私の方で検討させていただき、業者へ減免措置を依頼します。出来なければ、家裁で和解に持ち込みます。出廷はこちらで致しますので、お任せ下さい。よろしければ、私どもへの委任状を書いて頂き、実印を捺印してください。いつ頃までにお持ち戴けますか?」

「はい、確か源泉は使ったことがあるので、分かります。通帳と実印持って、明日にでも伺います。この時間で大丈夫でしょうか?」
「わかりました。空けておきます。では、明日、お待ちいたしております」

意外と簡単に話は終わった。直樹はなんだか真っ直ぐに帰れなくて、足が自然と麻子の自宅方面へと向かっていた。

神南は大橋法律事務所から歩いてもすぐだった。暗くなった裏通りは人影も少なく、高級車が時折通り過ぎていった。覚えていたカフェの前まで来た。公衆電話から、麻子の家に電話した。逢えなくても、今日のお礼を言おうと考えた。

「もしもし、斉藤と言いますが、麻子さまはいらっしゃいますでしょうか?」
「私よ、直樹さん。どうしたのこんな時間に電話なんかして」
「うん、今大橋さんに会って話をしてきたところなんだ。ありがとう、とても親切にしてもらえたよ。お礼が言いたくて、じゃ第三日曜日に」
「待って、そう、良かったわ。今どこに居るの?近く?」
「この前見たカフェの前だよ。どうして?」
「そこに入って待ってて、子供を義母に頼んでそこに行くから」
「えっ?無理しないでよ、ボクは構わないから。日曜日で」
「もう食事済ませたし、後は寝かせるだけだから、自分で出来るの。すぐ行くから」

10分ほどで麻子は来た。普段着でもお洒落なワンピースを着ていた。すんなりと伸びた白い足が妙に艶かしく思えた。カフェの間接照明がより一層、女性を美しく見えさせるのだろう。

「お待たせ!初めてね、夜に逢うなんて。直樹さん、あれ?嬉しくないの?怖い顔して・・・」
「そんなことないよ!怖い顔してた?じゃあ、これでいい?」
にこっと笑い顔を作った。
「うん、そうそう、笑顔が一番!お腹減っているでしょう?ここのパスタ美味しいから食べたら」

言われたとおりにパスタを注文して、食べた。今までに味わった一番美味しいカルボナーラであった。

やがて話が弾んで時間は22時を廻っていた。直樹は帰るといった。麻子も、うん、と言って自分が勘定を払って外に出た。直樹は麻子を家まで送ると言った。危ないからだ。

「直樹さん、大丈夫よ、この辺は安全なところなの。庭みたいだから」
そう言って笑った。
「そう思っていることが危険なんだよ。君にもしもの事があったら、たとえそれが小さいことであっても、ボクには悔やまれる事だから。ね?」
「ありがとう、直樹さん、ねえ、さんじゃなくて、直樹って呼んでいい?私のほうがお姉さんだし・・・いいでしょ?」
「うん、構わないよ。じゃあ、ボクはお姉さんって呼ぼうかな?」
「いじわる!それは辞めて。麻子、でいいわ。あなたにそう呼ばれたいし」
「麻子!」「直樹!」見つめ合って、周りに人が居ない事を確かめて、強く抱き合った。お互いの気持ちがすぐに伝わって体が熱くなった。

麻子の胸が直樹にぶつかる。柔らかい膨らみが強い刺激を与えた。ぴったりと着いた直樹のその部分は最高の硬さに変わり、麻子のお腹に当たっていた。少し腰を引いた直樹に、麻子は、

「好きよ!あなたが一番好き!今からでも構わないのよ、好きにして」

直樹は、自分の気持ちが揺らいだ。もうどうにでもなれと言う思いと、麻子のことを大切にしたいから、我慢しようと思う気持ちが、ぶつかった。少し身体を離して、右手で麻子の髪を撫でながら、

「君を本当に大切にしたいから、今夜は帰る。すぐにでも抱きたいけど、欲望だけに支配される自分が嫌いになるから、第三日曜日にしよう。ゴメンね、麻子」
「いいのよ、直樹の気持ちが嬉しいから、私も我慢する。あなたと同じで居たい」

駅に向かう直樹の後姿を消え行くまで麻子は手を振って見送っていた。

翌日、直樹は仕事帰りに約束どおり大橋法律事務所に必要な書類と資料と印鑑を持参して尋ねた。手続きを済ませ、頭を下げて事務所を後にした。少し気分が晴れて、これからは借金取りに取り立てられることもない、と安心な気分で過ごせる事が嬉しかった。渋谷に向かう坂を下りながら、麻子の家の方向を振り返った。

弁護士費用も聞かされてはいないが数万円という程度ではなく、数十万になっているであろうことは想像できた。彼女の懐では小遣い程度なんだろうが、直樹には大きな金額に感じられた。いまさらに付き合ってゆくには経済的な壁が支障にならないかと、不安な気持ちもなくはなかった。ただ直樹には結婚を前提にした恋愛ではなく、生活を一緒にするといった責任を感じなくて良いことが、救いになった。

駅の自販機で缶コーヒーを買って飲みながら、家路に着いた。自宅に戻ってからも、麻子のことを考えていた。これから先、もっと好きになって誰にも渡したくないって気持ちが芽生えてしまったら、どうすればいいのだろう、彼女を幸せにする経済力もない自分はその時に、諦めるしか無いだろう、とか思いはネガティブな方向へ向かうしか直樹には出来なかった。麻子もまた、一人の部屋で直樹のことを考えていた。この身体が夫のもである以上、どんどん好きになってゆく自分を止められなくなってしまったら・・・今の経済状況から追い出されて息子純一を幸せにすることが出来るのか、それも自信がなかった。遊びで付き合って寂しさを慰めるだけで良いのだと、言い聞かしていた。