それぞれのプロローグ
序章 ―take the place of―
或る日の、熟れた夕日がまぶしい黄昏刻の事である。壮年の男が一人、何かを探していた。
「ああ、これか……」
その男は、魔麟(マリン)学院理事長の博拓(ハクタク)氏だ。
彼が今居るのは学院の第五書庫。最も古い書物や資料が保管されている倉庫である。
その倉庫に入ってから数十分後。博拓氏はようやくお目当てのものを見つけられたようだ。
彼の手の中にあるのは一冊の、黒ずんだ川のハードカバーの古書。題名は英語表記で、たぶん中身もそんな感じなのだろう。
博拓は別に自分が読みたくて探していたわけではなかったりする。実は知人に頼まれたものなのだ――姉妹校の魔麟学園理事長校長姉妹に。
「『さる御趣味』は相変わらずのようだな……人は本当に見かけによらないものだよ」
おかしそうに独り言を漏らしながら、彼はなんとなく本を開く。すると。
「おや、」
博拓は珍しくいつもの意味深長な笑みを崩して、きょとんとした。
彼の視線の先の本の表紙の裏には――なにやら小難しい文字と魔方陣が所狭しに描かれた、いかにもこれは護符ですといわんばかりの長方形の紙が張られているではないか。
「はて、」
博拓氏は少し首を曲げ、視線を斜め上にやった。なにか考え込んでいるらしい。
たっぷり五分ほどそのままの姿勢でいたが、五分を少し過ぎたところでまた本を開いた時の同じ格好に戻る。
「まあ、いい」
(私は参考調査を頼まれただけ、後のことは彼女らが決めることだ)
博拓氏はそう判断して本を閉じようとした。しかし。
ば、り。ぱた、ん。
その本はかなり古いものだったので、裏表紙が破けて落ちてしまった。
「困ったな」
博拓氏は微苦笑し、一度部屋に戻ることにした。もちろん修繕するためにである。
作品名:それぞれのプロローグ 作家名:狂言巡