ロックンローラーになりたくて
2. 中学生、女の子、部室にて
放課後、小汚い部室でわたしはサックスを吹いていた。
ぴかぴかのバリトンサックス。
その隣で竹中は数学のプリントを開いている。
勉強をしているわけではない。
裏に絵を描いている。
ぼえー、ぼえー、と何度も間抜けなロングトーンを続ける横で、竹中はゆっくり、時折さらさらと鉛筆を走らせている。
わたしは楽器を置いてそれを見ようとした。
「見んないや、描いとるとこ」
「いいがん」
「じゃあ描かん」
「わかった、見んけぇ」
竹中は放課後、練習に飽きたとき、こうして絵を描くことがあった。
竹中は手先が器用で、裁縫や工作、イラストの腕もかなりのものだった。
竹中は絵を描いているところを見られるのをいつも嫌がる。わたしはそっぽを向いて、サックスを置いて、MDウォークマンを取り出した。
まだ練習の途中だが、なんだか急に面倒臭くなってしまったのだ。
ロングトーンが終わったらスケール、メソッド、そして文化祭で発表する曲の練習。
音楽もサックスも好きだったが、文化祭というものだけは気に入らなかった。無理矢理造り上げた偽物のチームワークに興味はない。
そのことを思うと、練習する気が失せてしまった。
ウォークマンを再生させると、パワーコードが突き抜ける。
少し機嫌がよくなって、わたしは竹中に話しかけた。
「そういや文化祭まであと2週間だん」
竹中は絵に集中しているのか、わたしのぼやきに返事をしない。
「たりーなー、文化祭。サボっちゃいたいわあ」
「サボりゃいいがん」
竹中は何でもないことのように言う。
わたしは苦笑しながら答える。
「野口先生怒るで」
「どうでめーし、野口とか。ただ顧問しとるだけだん」
「はは、確かに」
君にロックンロールを
耳元でしゃがれ声のボーカルが叫ぶ。
ロックンロールか、この不器用にでかい下手くそなバリトンサックスでもロックは表現できるのだろうか。
「な、文化祭の曲がさ、もっとロックなんだったらやる気出るにな」
「そがなん、どうせ吹奏楽用にしょぼい編曲されとるわいな」
「関係ないわー。うちらがロックに演奏するだがん?」
抑圧されている。
学校に。社会に。
自分自身に。
「ぶち破りたいなー」
「何を」
「文化祭とかさ、学校とかさ、れんあいだのじょしちゅうがくせーだの、世の中のあらゆることとか」
誰も何も理解してくれない。
わたしの気持ち。わたしの存在。わたしが本当に求めてるもの。
いかれちまった景色がそこには広がってんのさ
いいぞ、チバ、もっと叫んでくれ。
「どうせアウトサイダーだけな」
もっともっと、あなたのその声で、抑圧されたものを開放してくれ。
あんたにはきっと何にも見えねえだろうけど
「ふふ」
竹中が笑った。
「若いねぇ。せーしゅんだな、うちら」
そして、さっき見るなと言っていたプリントを差し出した。
そこには、モッズスーツのような黒服の男が、まるで歌でも歌っているかのように大口を開けて、長めの前髪の隙間から睨むような目をのぞかせて立っている絵があった。
「チバだ」
わたしはウォークマンを止めた。
脳みそを揺さぶらんばかりだった音量が耳元から消えると、ふたりだけの部室は耳が痛いほどの静けさになった。隣の部屋から別の部員のフルートの音が聞こえた。
「誰?」
「意識して描いたか?ちょうどわたしがロッソ聴いとったから」
「?いや・・・」
竹中は首をかしげて、なんでもないことのように言った。
「別に誰を描いたとかはないけど、なんとなく、お前っぽいと思って。そういう人が」
わたしは驚いた。
チバユウスケがわたしっぽい?
「わたしこがなスーツみたいなん着んで。こがに男前でもないし」
「いや、なんつーか、お前ん中の“ぶち破りたい魂”に人格があるとしたら、そんな感じになりそうだなって」
竹中はにひっと笑って、楽器ケースを出してきた。
そしてそのまま、かちゃかちゃとトロンボーンを組み立て始めた。
わたしはその絵を見ながら、しばらくぼうっとしていた。
前髪を長く伸ばしてバリアを作って、その隙間から世界を睨んでいる様子は、まさしくアウトサイダーだと思った。
だけどその目はまっすぐに世界を見据えている。
わたしはいすの上に置いてあったサックスを持ち上げた。
「吹こ」
ぼえー、ぼえー、ぼえー、と、勢いよくバリトンサックスを何度も吹き鳴らした。
この無駄に貯蔵されている力や衝動、破壊力を。
無駄にぶつけるしかない。
どうせアウトサイダーなんだから。
まだ若いんだから。
「一緒に吹くか?」
まあ、アウトサイダーといえども、孤独ってわけでもないんだから。
わかってくれる人はいるもんだ。
作品名:ロックンローラーになりたくて 作家名:河上かせいち