ロックンローラーになりたくて
1. 高校生、男の子、河川敷で
日差しがようやく柔らかくなる頃、俺はMP3プレイヤーで耳を塞いで河川敷の芝生に寝転んでいた。
なんとなくいらいらしている。
風に追い立てられてゆっくりと海に向かう雲を睨んでいた。
ああ、そういえば今週末は模試だ。
勉強してねえ。
多分しないまま週末になるだろう。
くだらねえ。
いらいらが大きくなるのが嫌で、MP3のボリュームを上げた。
冬の星に生まれたら、シャロンみたいになれたかな・・・
耳元のがなり声がいらいらをかき消してくれるのに満足して、俺は目を閉じた。
「愼太郎、」
上からハスキーな声が落ちてきて、俺は目を開けた。
気が付いたら曲は終わっていた。
西の空が赤く染まっている。
「寝てたの」
「いや」
左肩にギターをしょった高岡が俺の顔をのぞきこんでいる。
「風邪ひくよ、いくら夏だからって」
高岡は俺の隣に座ると、かばんからくしゃくしゃの紙を何枚か取り出して、あぐらをかいたひざの上に置いて何やら書き込み始めた。
「今からバンド練習?」
「うん、その前にちょっとチェック」
返事をしながら、高岡は作業をやめない。
どうやらそれは楽譜のようだ。
「高岡、曲作ってんの」
「うん」
高岡はよれたソフトカバーを開けてギターを取り出した。
白いグレッチ。
高岡はぱらぱらとリフを弾いて、それを楽譜に書き込んでいる。
数フレーズ弾いてはやめて、楽譜に書き込んで、また弾いて、と繰り返す高岡を眺めながら、俺はラッキーストライクを取り出して火をつけた。
盛大に吸い込んで、吐き出す。大量に排出された煙はまばたきする間に消えてなくなった。
「煙草って、なんか虚しいよな」
「・・・ん」
作業に集中しながらも、高岡は声を返してくれる。
「虚しいって?」
「生産性がないのに、なんでこんなもんあるんだろうな。苦いし、まずいし、臭いし、不健康だし」
「じゃあなんで吸ってんの」
俺はまた煙を吐き出すと、
「わかんね」
煙のようにことばを吐いた。
「俺のすることなんて、全部意味ないんだよ」
俺も生産性がないから。
何も生み出さない、何も残さないものなんか無意味だ。
かたちにならないものでも、なんらかの方法でかたちにしなきゃ、虚しいだけだ。
「俺はお前がうらやましいよ」
俺は何もかたちにできないから、
「曲、作ったりとか、ギター弾いたりとかしてて」
高岡の弾くアルペジオが止まった。
俺は再びMP3を再生させた。
駆け抜けるストローク。
サンタクロースが死んだ朝に・・・
「何の曲?」
「ロッソ。シャロン」
「ふうん」
高岡はギターを横に置いて、俺に向き直った。
「愼太郎、」
ハスキーな低い声といい、グレッチといい、高岡はこのボーカリストと似ているんだ。
だから余計にいらいらしてしまう。
「俺は、ロックンローラーにはなれないよ」
俺は何も言わず、煙をくわえている。
「機嫌悪いね、今日」
高岡は苦笑しながら続ける。
「誰だって、ロックンローラーだって虚しさ抱えてんだよ」
「でもあいつらはそれをかたちにするだろ。その虚しさを」
俺はすかさず答えた。
「かたちにできたら、愼太郎はそれで満足するの?」
「さあ、できた覚えがないから、わかんねえ」
「俺もできた覚えないよ」
「高岡は曲作ってんじゃん」
高岡は穏やかに笑った。
夕日を背負って、悲しそうに。
「俺はチバユウスケじゃない。俺はなんでもない」
そして、がさがさと楽譜とギターを片付けながら、
「俺にはなんにもないって、どうしても、このグレッチでも説明できないんだ」
困ったような笑みを浮かべて、そう言った。
「そろそろ行かなきゃ」
よいしょ、とギターを背負う高岡の背中を見ていると、俺は急に自分が小さく思えた。
「じゃあな、愼太郎。風邪ひくなよ」
「・・・高岡」
ねえ、シャロン、月から抜け出す透明な温度だけ欲しいよ
そう聞こえたところでMP3を止めた。
「俺、ロックンローラーになりたかったんだ」
「うん」
高岡は笑っていた。
夕日みたいに、あたたかく。
「知ってるよ」
何でもいいから、自分をかたちにしたい。
冬の星に生まれたら、シャロンみたいになれたかな。
俺はいつもそう思う。
「だから、かき鳴らし続けるしかないんだよ。俺も、愼太郎も」
自分にはなにもないということをきちんと認識している。
その上で、なにもないということを形にしようとする。
グレッチと一緒に夕日の中に溶けていった高岡は、確かにロックンローラーだと思った。
作品名:ロックンローラーになりたくて 作家名:河上かせいち