オラガナイザー
いいながらDは眉をしかめた。宿泊先のホテルはN県の県庁所在地であるN市でも最高級のホテルだった。だが所詮は田舎のホテルである。
「窓の外が真っ暗だな。夜景が観えないよ」
「それは仕方ないですわ。この街は長引く不況で繁華街の灯が消えてしまったらしいのです」
「なんだそれ?それじゃ山の中と変わらないじゃないか。うーん。そんな街いらないな。明日、国土建設大臣に言って都市計画法の指定を取り消させよう。明日からここは国営公園にする。家もビルもみんな引っ越させよう。そして緑の街にするんだ。環境にいいぞう!」
Dは「また一ついい改革をした」と呟きながらグラスを口に運んだ。
「ん?なんだこれは?美味いじゃないか」
「それは地酒だそうです。昼間、知事さんが持ってこられました」
「ほほう!あいつも明後日からは国立公園の管理人だが、なかなか気が効くじゃないか。管理事務所の所長くらいにはしてやるか」
Dがはははは、と笑うとケイトも微笑んだ。
翌日Dは、新幹線で東京に向かった。途中、G県の2箇所とS県の3箇所で遊説を行いながらだったから、朝6時にN県を出たというのに東京に着いたのは夜の8時だった。
G県とS県では、いつものとおり言いたい放題だった。
「君たち大衆はほんっと馬鹿ばっかりだなあ」
「もっともっと貧乏にして、俺たちの奴隷にしてやるよ」
「そうだ、今度の国会で君たちが働いたお金は全部、税金で頂くことにするよ。それをエリートにみんな配るんだ。みんな喜ぶぞー」
だが、集まった観衆はDに向かって歓声を上げ、応援する歌まで歌う始末だ。ほとんど全員が大衆の筈だった。エリートはこんなところには来ない。エリートは大学時代の同窓やビジネス上のコネクションを使い、個室が用意されるのだ。そういう特別なもの、VIP待遇を受けられない者たちだけがこうした遊説会場に集まるのだ。
そんな大衆を貶めるような演説をDは繰り返した。にも関わらず、観衆は大絶賛するように拍手し、大声でDの名を呼んだ。まるで神の名を呼ぶように。
「首相、今回の遊説も大成功だったようですな」
時計を見ると9時近かった。新幹線で東京駅に着き、そこから公用車で都内の一流ホテルに着いたのは8時半。それから軽くシャワーを浴び、ソファに深々と腰を下ろしてくつろぎながらケイトがシャワー室から出てくるのを待っていたのだ。一仕事終えた後の運動は、明日からのバイタリティの源になる。
ところが聞こえてきたのは男の声だった。振り返ると若宮博士だった。
「おお!博士。ご苦労様」
「ははは、特に苦労はしてませんよ。苦労してるのは党のお歴々ですかな?ま、苦労と言っても心労がほとんどでしょうが。あなたの発言があまりに奔放だから皆さん生きた心地がしないのでしょうな」
「いやー俺は全然気にならないなあ。むしろ本心を言えて晴れやかですよ。だってさ俺、大衆とか凡人とか大嫌いなんだもの。あーゆーやつらって何のために生きてるのかねー。ああいう人生は嫌だな。俺だったらすぐ死ぬね。死んで生まれ変わってまた大衆だったらまた死んで、そうやって天才か大金持ちに生まれてくるまで繰り返すなあ」
「ははは、首相らしいお考えだ」
Dが首相になれたのは、この若宮博士のお陰だった。それまでのDは典型的な世襲議員。ぼんぼんの世間知らずの上に忍耐が無いから放言し放題で、党の本部から何度注意されたか分からない。それゆえ当選回数は多い方なのに役職は回って来なかった。
そんなDの元へある日、は若宮教授が訪ねてきたのだ。自身が開発したオーラ発生装置「オラガナイザー」を使用して欲しいということだ。オラガナイザーは人間のオーラをエネルギー化し、増幅して放射する装置だという。
『D先生のようにオーラの大きい方に使用して頂けば効果も明確に出ます』
若宮博士はその効果を測定したい、とのことだった。
若宮博士の理論によると人間は相手の話を聞く際、話の内容などこれっぽっちも理解していないという。むしろその人間の発するオーラに影響を受けるのだと。例えば、いかにもインチキな商品を訪問販売員に売り付けられてしまった経験が誰しもあるだろう。それは商品がインチキかどうかではなく訪問販売員の発するオーラに飲み込まれてしまったためなのだ。
こうした人間の特性を長年研究してきた若宮博士は、オーラを自由に操ることが出来れば人間を、いや社会全体をコントロール出来るに違いないと考えたという。そして開発したのがオラガナイザーだった。オラガナイザーの用法は簡単、装置から伸びたコードの先がイヤホン状になっていてそれを耳の穴に押し込んでおけば良い。また装置の大きさも携帯電話程度だからポケットに入る。
そしてオラガナイザーを使い始めたDは突然、脚光を浴びとんとん拍子に出世し、半年の間に党の国対委員長、幹事長といった要職を勤めると、次の半年で防衛、外務といった主要大臣を歴任、1年後にはついに首相になってしまった。若宮理論は実証されたのだ。