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オラガナイザー

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「俺はみんなをもっと貧乏にするぞ!」
「金持ちやエリートだけがトクして、大衆が損する社会を造るんだ!」
「大衆の年収を半分にする!その分は俺たちが全部もらうぜ!ひーひっひっひ」
「俺はみんなのように馬鹿な大衆が大嫌いなんだ!」
集まった支持者たちはDの言葉に酔い痴れた。口々に歓声を上げ、Dの名を呼んだ。歓声は大きなうねりとなって会場を飲み込んだ。もはやDは自分の声さえ聞こえなかった。
「うるさいぞー!みんなほんっと馬っ鹿ばっかりだなー!はーはっははー!」
これだから大衆は嫌なんだよ、と呟きながらDは舞台の上から満場の観衆に手を振った。観衆はDの嫌いな大衆ばかりだった。皆、笑顔でDに向かって歓声を上げていた。中には両手を握り合わせ神に懇願するように何度も拝んでいる者もいた。そんな観衆をDはひとしきり見渡すと満足げに頷き、舞台裏へと階段を降りた。そこは弁士の控え室になっていた。Dの第3秘書で愛人でもあるケイトがノンカロリーコーラのペットボトルを持ってきた。
「おお!これだ。演説の後はこれに限る」
Dが蓋を回すとプシュッと弾ける音を立てた。
「ングッゴクッゴクッゴクっ、ふぃー!サイコー!」
そうDが声を上げると控え室に集まった党の三役、ご当地議員たち、秘書たちやお供の事務方らが一斉に拍手した。
「ありがとー!しかしなんだな。このN県の県民も馬鹿ばっかりだな」
Dの言葉に皆、笑顔で頷いた。
「お前らを貧乏にしてやる、って言ってるのにさ、歓んでんだよ。おかしいんじゃねえの?はははは」
「それもこれも首相の溢れんばかりの魅力が成せる業でございます」
さすが官邸付きの事務方だけあって、気の利いたお世辞を言った。官僚の中でもエリート中のエリートと言われる財務庁から出向してきた男だった。卒の無い彼はついでに自分の出向元への配慮も忘れない。
「これで安心して消費税率のアップが可能ですな」
「Oh!I see ついでに所得税もアップしちまおうか。特に年収200から300万円の層な。国民の中で一番多い所得層なのに税金ちょっとしか取れないんだもの」
「おそらく所得税の基礎控除のせいかと思います」
「そんなの、やめちゃおうよ!だってさ、努力もしないくせいに税金払わなくていいなんておかしいじゃない?国民は皆、平等でなきゃ。年収100億円も、年収100万円も努力の結果だからさ。平等に3割なら3割とらなきゃおかしいよね」
「仰せのとおりに。すぐ担当課に検討させます」
その時、ほとんど頭の禿げた男が不安そうな顔で、話に割って入ってきた。民自党幹事長の合田だ。
「それじゃ次の選挙が戦えませんぞ」
わずかに残った数十本の髪がロングヘアー並みに伸びていた。風に吹かれたそれは、合田の潔く無い性格を示すようにゆらゆらねちっこく揺れていた。Dはそれを見ただけで不愉快になった。
「国民は税金に敏感だ。選挙前に税制に触れるのは古今東西、政治のタブーです」
合田が隣に立つ、青山政調会長、石川総務会長に目配せした。二人も同調するように頷いた。それに後押しを受けたように合田は得意げに続けた。
「来年の春には任期満了です。そろそろ選挙を睨んだ発言をして頂かないと」
どこからともかくそよ風が吹くと、合田のロングヘアーが脂っこい額の上でヘナヘナと宙にそよいだ。Dはいよいよ我慢が限界になった。くだらない説教を垂れられたのと、汚らしいロングヘアーが生理的に不快だったのと、どちらがDの忍耐力を奪ったのかは知れない。恐らく両方の相乗効果であったに違いない。
 Dはいきなり合田の額に手を伸ばすと
「ええーい!!」
叫びながら力任せにロングヘアーを引っ張った。
「ぎゃあ!痛いイタイ!何するんだ!」
「うるさいぞ!この凡人!、大衆!、貴様のような無能な輩はこうしてくれる!」
ぎゃあ!という合田の悲鳴が控え室に響き渡った次の瞬間、第3秘書で愛人でもあるケイトがゴミ箱を差し出した。Dは「ん」と頷きながら、ゴミ箱の上で握っていた指を開いた。指に絡みついた数十本のロングヘアーがゆっくりとゴミ箱に落ちていった。
「な!なにをするんだ!ひどい!いくらなんでも酷過ぎる!暴力だ!一国の首相ともあるものが暴力を奮っていいのか!?」
合田は額を両手で押さえたまま、床に跪いた。額は真っ赤だった。残り少ない髪を抜き取られた怒りと痛みが燃えるような熱を帯びているのだ。しかしDはそんなことなど意に介さない。
「ゴーダー!」
逆に合田を一喝した。
「君は政治家を何年やっとるのかね!?」
こぶしを握り締めたまま震える合田を鋭い目付きで睨み付けた。
「政治家が大衆に迎合してどうする!君は俺に衆愚政治をやれと言うのか!?」
「なな、なに言ってるんだあんた」
「政治家とは国家百年の計を考えにゃあいかん。一回の選挙の勝ち負けにこだわってはならんのだ!」
秘書たちやお供の事務方らが一斉に拍手した。それを見て青山政調会長、石川総務会長も慌てて拍手した。
「どーだゴーダ!みんな俺に賛成だ。反対は君だけだ。よって君は本日限りクビ。平議員に戻りなさい」
「な、なにい!そんなことあんたが勝手に決められないぞ。党の三役人事は総務会に諮ってだなあ、顧問会議の賛同を得てから・・・」
「総務会長ならここにいる。な、石川クン?」
Dに睨み付けられるや石川総務会長は痙攣したように何度も頷いた。
 石川総務会長はもともとリベラル派の小派閥出身。前々回の選挙までは自転車で選挙区内を演説した回るパフォーマンスで当選してきた。だが実際は金が無かっただけの話。小派閥に属する議員など資金力はサラリーマン以下だから、党の助成ナシには選挙宣伝カーもレンタル出来ない困窮ぶりなのだ。実際、ぎりぎりでの当選を繰り返して来たのだ。
 それが前回、Dが党総裁になったことで選挙資金の恩恵に預かった。更にDの人気に便乗し、余裕の選挙戦を進め圧倒的得票差で当選した。当選後、念願の党三役入りしたが、それを押してくれたのもDだった。つまりDのお陰で今の彼があると言えた。
「総務会長の了解を得ている。あとは顧問会議か。といっても木曽山先生は入院されたんじゃないか?」
Dは、今度は青山政調会長を睨み付けた。すると青山は何度も頷きながら
「ICU(集中治療室)にお入りで、そのご意思は政務調査会に一任されております。また、海野先生、五所川原先生は既に特別養護老人ホームにてご静養されている由、顧問会議への参加をご辞退されております」
とゆったりした口調で、説明した。
 青山政調会長は党内最大派閥中田派の重鎮である。中田派といえばかつて影の将軍と呼ばれた元首相の故・中田権三郎が率いた最強軍団である。その力は与党のみならず野党にも及び、誰一人中田に反論できないほどだった。中田死後もその勢力は衰えず、構成員数は野党第一党・平民党を上回っている。
作品名:オラガナイザー 作家名:剣崎直人