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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 2

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「それじゃあ!」 
 シャムに何も言わせずに弁当を手にレジへと急ぐドム。シャムはその後姿をにやにや笑いながら眺めていた。
「ああ、アタシも買お!」 
 ドムへと視線を向ける野次馬達を無視してシャムは惣菜売り場に足を向けた。
「朝のおやつには……」 
 そうつぶやきながらシャムが手にしたのは天丼弁当だった。それを当然のように二つかごに入れてレジへと向かう。
 くたびれた顔の作業着姿の従業員のならぶレジ。シャムはとりあえずカードで買い物を済ませるとそのままグレゴリウスの待つ駐輪場へと向かった。そこには当然のように座っているグレゴリウスとその首を撫でて和んでいるアイシャの姿があった。
「シャムちゃん、ドム先生に会った?」 
「うん。落ち込んでたね」 
「もしかして奥さんに逃げられたのかな」 
「違うって……普通の喧嘩」 
「ふーん」 
 アイシャは話が犬も食わない話題だったと知ると飽きたというようにグレゴリウスの頭をトンと叩いて立ち上がった。
「じゃあ行きましょ」 
 アイシャの言葉にシャムは大きくうなづいた。
 周りでは相変わらずシャムとグレゴリウスの様子を写真に収める女性職員の群れが見えている。だがそれもいつものことなのでグレゴリウスは黙って先頭を歩くシャムに付き従った。
「それにしても寒いわね」 
「冬は寒いもんだよ」 
「わかってはいるんだけど……シャムちゃんは寒くないの?」 
 アイシャに改めてそう言われてシャムは自分の姿を見た。厚手のジャンパーに綿の入ったズボン。かつて遼南の山に隠れ住んでいたときに比べれば遥かに暖かく、そして気候も遥かにすごしやすい。
「寒くないよ」 
 そう言いながらシャムは押しボタン信号のボタンを押した。
「それならいいんだけど……あれ?」 
 答えたアイシャの目の前で四輪駆動車が止まる。その運転席と助手席には見慣れた顔があった。
「あれ、アイシャじゃないの」 
 運転しているピンク色の長髪の髪の女性がアイシャに声をかけた。その髪の色が彼女がかつての大戦で人工的に戦闘用に作られた人造人間であることを示していた。そんなパーラ・ラビロフ中尉はアイシャの同期で今はアイシャの補佐を担当する部隊の運用艦『高雄』のブリッジ要員の一人だった。
「もしかして乗せてくれるの?」 
 喜びかけたアイシャだが、パーラの表情は硬い。それはアイシャの隣に立つシャムとグレゴリウスを無理して後部座席に詰め込むことになりかねないということを心配しているからだった。
「いいわよ、パーラ。私が降りて歩くから……」 
 赤いショートヘアーの女性がそう言って助手席から降りた。彼女もアイシャと同期のサラ・グリファン少尉。アイシャ達と同じく人工的に作られた戦闘用の女性兵士だった。
「まあそう言うなら……先行くわよ」 
 安堵の表情を浮かべながら窓を閉めるパーラ。シャム達はニコニコ笑いながら走り去っていく大型の四輪駆動車を見送った。
「シャムちゃんはおやつを買ったの?」 
 サラの言葉に大きくうなづくシャム。そしてグレゴリウスもうれしそうに信号が青に変わった横断歩道を歩き始めた。
「でも本当にグレゴリウス君は大人気ね」 
 サラの何気ない一言にシャムは後ろを振り返った。そこにはカメラや端末を構えた女子職員が群れを成していた。
「元気だからね!あとでまた鮭を食べようね」 
「わう!」 
 元気に答えるグレゴリウスに安心したようにシャムは歩き続ける。アイシャはわざとカメラを向ける職員の間に立ってにこやかに歩き続けていた。
「それにしても……お姉さんが産休でしょ?その代役が……本当にアンタで大丈夫なの?」 
「サラ……酷いわね。大丈夫だからお姉さんも子作りしたんじゃないの?」 
「子作り……」 
 アイシャの言葉がつぼに入ってシャムが笑い始める。あきれた顔のサラは仕方なく歩こうとするグレゴリウスを連れて部隊の周りに立ちはだかる十メートルはあろうかという壁に沿って歩き続ける。
「アイシャ!遅刻するわよ」 
 仕方なく振り返るサラ。アイシャもようやく笑みを少しだけ残しながらグレゴリウスの巨体に向けて走り出した。
「あんた……本当に大丈夫なの?」 
 サラの再びの言葉に追いついたアイシャは不満そうに口を尖らせる。その光景が面白かったのでシャムは笑みを浮かべるとそのままグレゴリウスにまたがった。
「先行ってるね」 
 それだけ言い残すとグレゴリウスは走り出した。巨体に似合わず隣の工場の周回道路を走るトレーラーを追い抜くスピードで走り続けるグレゴリウス。そしてそのままシャムは部隊の通用口のゲートの前にまでやってきた。
「ごきげんよう」 
 和服の女性が高級乗用車から顔を出す。
「茜ちんおはよう!」 
 シャムは元気に挨拶を返す。上品な笑みでそれを受け流すと保安隊と同じく遼州同盟司法局の捜査機関である法術特捜の責任者、嵯峨茜警視正はそのまま車を走らせた。
「中尉、お弁当は?」 
「買ったよ!これ」 
 警備部のスキンヘッドの曹長に手にした天丼を差し出す。日本文化の影響の強い東和に赴任して長い曹長は大きくうなづきながらゲートを開いた。
「じゃあ!行こう!」 
 シャムはそう叫ぶ。言葉を理解したというようにグレゴリウスはそのまま元気に自分の家のある駐車場に向けて走り始めた。
 駐車場には爆音を立てる車があった。
「ロナルド大尉!」 
 シャムはグレゴリウスの肩の上に身を乗り出して叫ぶ。エンジンを吹かしていた車から身を乗り出して手を振るのは第四小隊隊長のロナルド・J・スミス上級大尉だった。
「シャム!いつもみたいに熊に騎乗で登場か。なんならレースでもするか!」 
「グレゴリウスじゃ勝てるわけ無いじゃん!」 
 コンパクトなボディーに大出力ガソリンエンジン搭載車。シャムがものを知らなくてもその車の速さは容易に想像がついた。
「スミスさん。かなりいい具合になったでしょ?」
 サラの言葉に満足げにうなづきながらロナルドは愛車のボディーをなでる。 
「いい仕事だな……うちのM10も同じように仕上げてくれれば最高だけどな」 
「言わないでくださいよ……」 
 ロナルドの隣にはすでにつなぎ姿に着替えた技術部整備班長の島田正人准尉の姿がある。シャムは二人のこれから展開される専門用語の入り乱れた会話を避けるべくそのままグレゴリウスに乗って進んだ。
「シャムさん。お父様はいるんですの?」 
 高級車から降りた紅色の小袖を着た茜がシャムに声をかける。シャムはグレゴリウスがその着物の色に興奮しているのに気づいて少し頭を撫でて落ち着かせた後でグレゴリウスから飛び降りた。
「多分いると思うよ。でも起きてるかなあ……」 
「まあ良いですわ。今日は書類関係の話があるくらいですから」 
 それだけ言うと茜はそのままエンジン音につられて集まった野次馬の中へと消えていく。シャムはそれを見送るとそのまま巨大なゲージに向かうグレゴリウスの後を追った。
「それじゃあどこで食べようかな……」 
「食うことしか考えてないのか?お前は」 
 ずっとシャムを待っていたというようにゲージの前に座り込んでいた吉田が声をかけてきた。
「そんなわけ無いよ!ね!」 
「わう!」