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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 2

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 能天気に答えるフェデロ。それを見ると笑顔で明石が自転車のペダルに足をかけた。
「休憩は終いや。行くで」 
 そのまま自転車を漕いで信号が青になった正門前の道路を横断し始める。ランを先頭に一同はその後ろを走り始めた。ランに続くのはすっかり元気を取り戻したフェデロ。それに彼を監視するようにしてロナルドと岡部が左右に並走する。少し離れて誠と要にカウラが走る。シャムは何か面白いことが起きそうな予感がして最後尾を静かに走ることに決めた。
 来た道を帰る。つまりこれまで南下していた道を北上すること。当然風は逆風である。障害物の無い正門前の大通りには強い季節風が吹きつけている。小柄なシャムは誠達を風除け代わりにしているが、先頭を走るフェデロには直接その強い風が当たっていると言うのにスピードはまるで落ちない。
「いつまで続くかね」
 要の呟きが聞こえてシャムも視界が開けるように歩道の車道よりを走ることにした。フェデロは相変わらずハイペースで前を行く明石の自転車を急かすように走り続ける。
 ハイペースで続くランニング。すぐにその列は大通りを抜け大型モーターを製造している長いラインが入っている緑色の巨大な建物に突き当たった。道は左へと曲がっている。当然明石はその道に沿って進んだ。建物のおかげで風がさえぎられるだけでなく背中に日差しを浴びて少しばかり暖かく感じながらシャムは走り続けた。
「あ……」 
 突然誠が気づいたように口を開いた。シャムはその表情が見たくなって一気に誠達に追いついた。
「なんだよ、突然」 
「フェデロ中尉。勘違いしていますよ」 
「勘違い?」 
 誠の言葉に要が首をひねる。カウラも勘違いの内容が分からずにしばらく考え込むような表情をした後そのまま視線を前へと向けた。
「今日は確か柔道部の公開練習です。しかも男子の重量級がメインのはずですよ」 
「神前……なんでそんなことを知ってるんだ?」 
 呆れてつぶやくカウラだがその事実がフェデロに与えるショックを考えると自然と笑みが浮かんでくるようだった。シャムもまた笑いながら工場に沿った道を走り続ける。
 一台明らかに報道関係と思われる車がシャム達を追い抜いて行った。大きく敷地に沿って右に曲がる道を走っていく。そしてそのまま街路樹として植えられた常緑樹の向こうに消えた。
「もうすぐだね」 
 シャムは思わずつぶやいてそのまま前を見据えた。相変わらずフェデロは飛ばしている。すでに100メートル近い差がシャム達からついていた。
「あのカーブを曲がりきれば……相当がっかりするだろうな」
 そう言う風に要に言われてついその時のフェデロの顔を想像すると笑みが浮かんでくる。フェデロはそのままカーブの向こうの街路樹の影に消えた。
 シャム達はしばらくは黙って走り続ける。そして目の前に巨大な銀色の屋根とその下にならんだ報道車両と大型バスの群れが彼等の目に飛び込んできた。それに向かって明石の自転車を追い抜いてまで必死で走るフェデロの姿も目に入る。
「馬鹿が、まだ気づかないのかよ」 
 そんな要の言葉だが、ここまで見事にだまされているフェデロを見るとさすがに哀れに思えてきた。フェデロはそのままコースを外れて体育館に横付けされた大型バスの隙間に消えた。
「つまみ出されるだろ、あれなら」 
 次第に大きくなる屋根を見上げながらカウラがつぶやく。シャムも三人と同様に興味心身で前を見つめていた。時々走る取材スタッフ。工場の中で正門でチェックが済んでいるだけあってこういう場に必ずいるだろう警備員や警官の姿は無い。
「意外と大丈夫なんじゃないの。一応フェデロもここの関係者だし」 
 シャムの言葉に誠が噴出す。すでに明石は体育館から真っ直ぐ圧延板の貯蓄倉庫へ向かう側道に自転車を走らせていた。ランやロナルド、岡部などもちらりと体育館を一瞥しただけでそのまま明石の後を走っていく。
「あれ?フェデロを置いていくのかな?」 
「そのうち戻ってくるだろ」 
 それだけ言うと目の前の大型バスの後ろを左に切るとそのまま体育館に沿ってしばらく走り、側道の少しばかり痛んだコンクリートの道を走り続ける。
「格闘技の練習にはいいかもな」 
 カウラのつぶやきにシャム達は大きくうなづく。前を見れば明石は自転車を止め、ランやロナルドは足踏みをしながらシャム達を待ち受けていた。
「説明があるみたいだぞ」 
 にやける要を見ながらシャムはわくわくしながら体育館の影で少しばかり寒く感じる北風にも負けずに走り続けた。
 そのまま明石達の合流すると、彼等がそれぞれ携帯が義務付けられている隊支給の通信端末を見ていることにシャムも気づいた。息を切らせながらようやく到着したシャムは携帯端末を開く。
『うご!』 
 叫び声が端末から響いた。フェデロの叫びであることはすぐに気づいた。
「実は東和海軍の柔道の強化選手が来ていることを聞いていてね」 
 ロナルドがウィンクしながらつぶやく。なるほどと納得する誠。呆れるカウラ。にやける要。
「うちの若いのが行くから鍛えてくれって連絡しといたんだ。これでランニングの分も鍛えられるだろ」 
「確かに……でも準備がいいねえ」 
「合衆国海軍を舐めないことだ」 
 要の茶々にそう言うとロナルドは端末をしまった。明石も自転車のハンドルを握りなおし再び走り出す体勢が整う。
「これで思う存分走れんだろ?このまま競走だな」 
 そう言うとランがダッシュで走り始める。それに奮起したのは意外にも要だった。元が軍用のサイボーグである。勝負になるわけが無かった。瞬時に追い抜いた要のしなやかな肢体が側道の木々の合間に消えていく。
「何かあったのかな?」 
 尋ねるシャムに誠は首をひねった。
「アイツのことだ。練習の時間が短くなるのが嫌だったんだろ?」 
 シャムはカウラの一言で納得した。フェデロの自転車強奪から始まっていつもより明らかにこの珍道中の時間がかかっているのは確かだった。最近は特別ゲスト扱いの明石がいるからには要は最低でも試合形式の合同練習くらいはやってみたいと思っていたことだろう。
 そう考えると野球部監督の要の面子を立ててやろうと、シャム達はすぐに走り始めた。
 さすがに全力でとなると身体能力の問題で岡部が先頭を走ることになる。続くのは戦闘用の人造人間として製造されただけに強化された筋肉を持つカウラだった。その後ろは団子状態でラン、ロナルド、誠、そしてシャムが続いた。
「無理せんでええで」 
 すぐに追い抜かれた明石が緊張感の抜けるような声で叫んでいる。
 側道を抜けるとそのまま隊の周りを囲むコンクリートの塀が目に入る。広がっている三ヶ月前まで飛行機の主翼を作っていた工場の跡地の平らな荒地に続く道にはすでに要の姿は無かった。
 先頭を走る岡部との距離をカウラが一気に詰める。それを見て団子状態の後続集団から誠がじりじりと抜け出し始めていた。
『ここは先輩だから譲らないとね』
 シャムがペースを落とすとその気持ちを読んだようにランとロナルドも微笑を浮かべながらペースを落とす。