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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 2

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 キムの隣の筋肉質の曹長はじっと警備部の装備しているカラシニコフライフルの機関部の部品の一つと思われる針金を無言でバーナーで炙っている。その隣から三つの席は空席。ついたての奥では何か金属を打ち付ける機械の音が絶え間なく響く。珍しい来客に顔を出した赤毛の女性技術兵は苦笑いを浮かべながらキムの隣まで来ると手にした紙切れをキムに渡す。無言でそれを受け取ったキムは一度うなづく。赤毛の女性はその態度に納得したというように来たときのままの無表情を顔に貼り付けたままそのままついたての向こうに消えていく。
 シャムはそれを見送ると彼女がつけていた防熱素材の前掛けが茶色だったか紫色だったかが思い出せずに気にかかりながらなんとかベルトのバックルを締め終えた。
「じゃあ行くね!」 
 そう叫んだシャムにようやくキムは目を向けた。いつもの鋭い視線がシャムを思わずのけぞらせる。
「西園寺大尉に伝えといてくださいよ。スライドの予備はあと三つですから」 
「う……うん」 
 自分の言いたいことを言うとそのまま目の前の机で作業を再開するキム。シャムはどうにも沈鬱な部屋の空気に押されるようにして部屋を出た。
 廊下はハンガーの反対側の正門の方、部隊を運用する重巡洋艦クラスの運行艦『高雄』の運行管理を担当する運後部の女性士官達の話し声で華やかに感じられてようやくシャムは気分を変えてそのままハンガーと向かった。
「05(まるごう)式……どうなのかな?」 
 視界が開けて巨人の神殿とでも言うべき景色が広がっている中でシャムは目の前に並ぶ保安隊制式アサルト・モジュール『05式』シリーズが並ぶ様を静かに眺めていた。
 まず手前からシャムの駆る『05式乙型23番機』。シャムのパーソナルカラーである艶のある白い色の装甲板を新入隊員が必死に布で磨き上げている。その肩に描かれたシャム自身がデザインした漫画チックな熊が短刀を持って笑っているエンブレム。先日の誠が定期購読している模型雑誌で早速そのデカールが発売されたということで自慢して回ったことが思い出されて自然と笑みがこぼれてきた。
 隣の脚部が無く、代わりにスラスターと腰の巨大な反重力パルスエンジンが目立つ『05式丙型3番機』。電子戦に特化した腰から上にいくつものアンテナを伸ばしたその機体はシャムの相棒である吉田俊平少佐の機体だった。サイボーグでいつも脳内で再生される音楽を聴いていて外界に無関心な吉田の機体らしく東和空軍の一般機のカラーであるライトグレーの機体にはあちこちに小さく吉田の友人のアーティストのサインが入れられているのを知っているのは部隊でも限られた人物だけだった。シャムは今ひとつ吉田のセンスが理解できずそのまま視線を隣の派手な真紅の機体へと視線を向けていた。
『07式試作6号機』
 部隊が駐在する菱川重工豊川工場謹製の『05式』シリーズの後継機として開発されながら『05式』自体が東和軍制式アサルト・モジュール選定トライアルで不合格となったため量産化の行われなくなった幻の機体、『07式』。
 全体的に主出力エンジンの菱川三型反重力エンジンの出力ぎりぎりに設定された余裕の無い設計である『05式』に対して菱川三型を採用することを前提として設計された高品位の機体は東和陸軍の演習場でも圧倒的な強さを見せて軍上層部や軍事マニアの目を驚かせることになった機体だった。
 そしてその機体のパイロットこそ、保安隊実働部隊隊長クバルカ・ラン中佐その人だった。
「いつ見ても派手だよなあ……」 
 ぼんやり腰の拳銃のグリップをいじりながら真っ赤な巨人を見上げているシャムに何かの失敗をしたらしい新人隊員の説教を終えたばかりの島田が声をかける。
「まあランちゃんの趣味だから」 
 シャムはそう言うとにんまりと笑った。油まみれのつなぎを着た島田も頬の機械油をぬぐいながら苦笑いを浮かべていた。
「こいつ、『クローム・ナイト』並みに手がかかるからねえ……できればこいつの出動は避けてほしいんだけど……」 
「ランちゃんは一応実働部隊長だもの。出ないわけには行かないでしょ」
「そうだよねえ……」 
 肩を落とすと島田はそのまま解体整備中の部隊長、嵯峨の愛機『四式改』の肩の辺りで手を振る女性技術仕官レベッカ・シンプソン中尉に一度敬礼して歩き出した。
「ああ、西園寺さんなら相変わらずの仏頂面で……」 
「射場でしょ?」 
 シャムの言葉に島田は思わず苦笑い。そのまま去っていく島田を見ながらシャムはそのまま歩き出した。第二小隊の三機の『05式』。その隣には反重力エンジンを取り出して隣の菱川重工業豊川工場の定期検査に出すべく作業を続けている隊員達と心臓のようなエンジンを抜かれて力なく立ち尽くす第三小隊の三機の『05式・後期型』。さらにその隣にはアメリカ軍からの出向で来ている灰色の迷彩服の技術兵達の点検を受けている第四小隊の『M10』と隊の主力アサルト・モジュールが並んでいる。それを眺めつつシャムはそのままハンガーの開いた扉を出た。
 冬の日差しが満遍なく目の前のグラウンドを照らしている。背にしていた金属音と機械のたてる重厚な音。それと対照的に目の前では警備部の古参隊員達による徒手格闘訓練の様子が目に飛び込んできた。
「がんばるねえ……」 
 小学生に間違えられるシャムから見ればまさに小山のように見える金髪を刈り込んだ髪型の大男達が寒空の中タンクトップに短パンという姿でお互いの間合いを計りながらじりじりと詰め寄り互いの隙を探っている。
「寒いなあ」 
 その姿にシャムは自分が防寒着も着ないで外に出てきたことに若干後悔しながらそのまま拳銃の音だけが響くハンガーの裏手の射場に向けて歩き始めた。
 隊舎の影に入り一段と冷え込む中でシャムは再び震えるようにして襟元に手を伸ばす。シャムの暮らしていた東和列島の西に広がる崑崙大陸中部の山間部の冬に比べればこの温暖な町の空気はまだまだすごしやすいのはわかっていた。それでも吹きすさぶ風と室内勤務に慣れてきたシャムの感覚には十分この豊川の町の冬も寒くてつらいものに感じられた。
 暴発弾を防ぐための土塁を越えたあたりで一定の間隔での銃声が響き始めていた。
「ああ、やっぱり要ちゃん怒ってるな」 
 シャムがそう言うのは機嫌の悪いときの要の訓練射撃の撃ち方を聞きなれてきたせいもあった。シャムは静かに土塁を抜けて射場にたどり着く。
 吹きすさぶ風の中、相変わらずの捲り上げた袖を見せびらかすようにして要は射撃を終えて空になったマガジンを引き抜くとテーブルの上にそれを並べていた。すでに装弾済みのマガジンを自分の私物のアルミケースから取り出そうとして目を向けた要の視線がシャムを捉えた。
「どうも……」 
 シャムは乾いた笑みで要のたれ目がいつものように死んだものに変わっているのを確認しながら静々と近づいていく。何も言わない要はそのままマガジンを手に取ると自分の愛銃スプリングフィールドXD40のオリーブドラブのスライドに叩き込む。
「もうすぐ……」 
「昼だって言いてえんだろ?」