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遼州戦記 保安隊日乗 番外編 2

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 粘着質でさっきまで大声で部下を怒鳴りつけている割には人望のある島田とはことごとく対立する下士官の中のトップ。だがその人望は菰田自身が作ったスレンダーな女性を崇拝するカルト宗教『ヒンヌー教』の教徒の間だけに限られ、明らかにその趣味に嫌悪感を隠さないガラスの向こうの女子職員達は粘りつくような菰田の視線の餌食になっているシャムに同情の視線を送ってきていた。
「お願いしますよ……遊びに行く暇があったら伝票を……」 
 そこまで言いかけて菰田の目がシャムの顔から上へと走った。すぐにその顔が青く変わり始める。
「またか……」 
 シャムは思わず反り返って菰田の視線の先を追った。
 背広姿の小太りの男が困ったような顔をしてシャムと菰田を見つめている。
「高梨参事……」 
 高梨渉参事。部隊長嵯峨惟基特務大佐の腹違いの弟であり、東和共和国の高級官僚養成課程出身のバリバリのキャリアとして知られる管理部部長。上司に呆れられたような表情でにらまれればさすがの菰田も目を白黒させて立ち往生するしかなかった。
「伝票の処理くらい経理主任の権限でなんとかなるだろ?それに君には新型の運用経費のシミュレーションを頼んでおいたはずだけどそちらの方は……どうなんだね?」 
「ああ……あれは吉田少佐に損害が出た場合の予備部品の供給の調査データを……」 
「ならナンバルゲニア中尉とこうして無駄話をするくらいなら吉田少佐と会議でもしていたほうがよっぽど生産的な仕事をしていることになるわけだね」 
 叱り飛ばすわけでもなくにっこりと笑い勤務服姿の制服組の部下を見あげるキャリア官僚。その言葉に何一つ反論できずにただ制服のネクタイを締めなおすだけの下士官。その対比が面白くて思わず噴出しそうになるシャムだが、再びあの粘りつくような菰田の視線に口を閉ざした。
「じゃあ僕の職権で繰越金を何とかして処理しておきますから。後で清算手続きの書類、回しますからね!」 
 捨て台詞のようにそういい残して菰田は無表情のまま管理部の部屋に飛び込む。シャムが透明のガラスの向こうを見ているといかにも痛快そうに笑っていた事務の女子職員達が菰田が口に手を当てるのを見て慌てて目の前の端末に視線を移す様が滑稽に見て取ることができた。
「彼も……悪い人間じゃないんだけどねえ……」 
 苦笑いを浮かべて頭を掻く高梨。
「参事は隊長と会議でしたか?」 
「まあ……兄さん相手じゃ会議にならないよ。書類を渡したら恐ろしい速度でチェックを入れ始めてそのまま決済書類入れにポイだからね。書類を見て入っているチェックの赤ペンの言葉に文句を言おうとしたら途端に立ち上がってヤスリを取り出して自分の銃のスライドを削り始めちゃって……要するに赤ペンの部分のことには異議があるから僕の裁量でなんとかしろってことなんだけどさあ……」 
 そう言うと小脇に抱えていた書類入れから書類を取り出そうとする高梨。
「難しいんだね……あ!私は要ちゃんを迎えにいくんだった!」
 それを見て小難しい話を繰り出されると思ったシャムはそのまま轟音の響くハンガーへと駆け出した。
 管理部のガラスの小部屋が尽きると視界が広がって目の前には偶像のように並ぶ人型兵器『アサルト・モジュール』が見えた。まさに壮観と言える光景に思わずシャムは足が止まりかけるが、後ろからまた高梨に話しかけられてはたまらないとそのまま階段を駆け下りてハンガーの床までたどり着いた。
「ナンバルゲニア中尉、また西園寺さんのお守りですか?」 
 床にどっかり腰を下ろしてニコニコ笑いながらシャムの実働部隊のアンと並ぶ19歳で最年少の技術兵である西高志兵長が油まみれのバールを磨いている様が目に飛び込んできた。
「まあそんなところね」 
「かなり苛立ってるみたいでしたね、あれは。独り言をぶつぶつつぶやきながら僕のことを無視してそのまま小火器管理室に飛び込んだと思ったら……」 
「あれでしょ?キム少尉と怒鳴りあいの後で銃を持ってそのまま同じ調子で外まで歩いていったと」
 シャムの推理に感心するわけでもなくただ苦虫を噛み潰したような表情を一瞬浮かべた後、西はそのままバールをぬぐっていた油まみれの布切れを隣の作業台に放り投げてバールを肩に背負うようにして立ち上がった。
「うちの新人達も……まだ慣れて無いですからね。驚いちゃって……この前なんか危うく労災になるところでしたよ。できれば神前曹長にナンバルゲニア中尉から一言言ってやってくれませんか?」 
 激しい人事異動の結果、平時だというのに部隊発足わずか二年間で技術兵では最古参になった若者の言葉にシャムは苦笑いを浮かべるとそのまま手を振って騒ぎがあったという小火器管理室へと足を向けた。
 ハンガーの轟音が響く技術部の各部の詰め所が並ぶ廊下。その中の一番地味に見える小部屋を見つけるとシャムは静かに呼び鈴を鳴らした。
『開いてますよ』 
 低い声が廊下に響くのを待ってシャムは引き戸を開く。重い引き戸には厳重なロックが施され、そこが一般の隊員の立ち入りが難しい部署であることをいつものことながらシャムは思い知った。
「ナンバルゲニア中尉……」 
 カウンターの向こうで狙撃銃のスコープを掲げて覗き込んでいる一際目立って座高の高い青年技術仕官。彼の隣のカウンターの上には見慣れたベルトが置かれているのが背の低いシャムからも見て取れた。
「キム……またごめんね」 
 シャムはそう言いながらカウンターに置かれたガンベルトに手を伸ばす。西部劇の無法者なんかがぶら下げていそうな派手なガンベルト。そこに刺さった二挺のリボルバー。シャム愛用のコルト・シングル・アクション・アーミー、通称『ピースメーカー』のコピーモデル。しかもその銃身は短く切り詰められ、グリップにはこれまたアイボリー調の素材に象嵌が施された派手な特注のものが仕込まれている。
「ちゃんと45ロングコルトの弱装弾を仕込んどきましたよ。先週で撃ち切っちゃったんで……リロード品になりますが」 
「ごめんね。いつも」 
 シャムがそう言うとキムは相変わらずスコープを右手に持ったまま左手で重そうな引き出しを開くと箱を一つ取り出した。
「まあ12発詰めるのも100発詰めるのも大して変わりないですから。一応これとあと一箱は作っておきましたから」 
 そう言いながら右手のスコープを机に置くと今度は作業台から長い金属の棒を取り出して目の前に掲げるキム。シャムがベルトを巻きつけながらそれを見ているとさすがにキムも手を休めてシャムのほうに目を向けた。シャムはそのぶっきらぼうな視線に驚いたように回りを見回す。技術部小火器担当班。『アモラー』と呼ばれる部署は出入りの激しい技術部の人材の中にあって一人の異動も無い貴重な部署だった。そしてその雰囲気がその事実が当然のものだと納得させる。