混浴体験記
混浴体験記
助手席の妻と二人で海岸にあるという混浴風呂を目指し、竹本幸生は海を眺めながらドライブをしていた。冬のさなかでもそこは気候が温暖で、少しだけ窓を開けていられる。だから潮の香りを愉しむことができる。海鳥の鳴き声が聞こえると、都会の喧騒を棄てて来たという実感が、彼を喜ばせた。遥に東京方面を望むと、車の排気ガスや工場、ごみ焼却場などから排出される汚染物質がその主成分なのだろう、褐色の大気がドーム状に覆っている。都会で暮らすということは、そういうものを日々体内に取り込むということでもある。それがわかっていても、一生のうちの大半を、汚染の中で過ごすことになる。
「潮の香りのきれいな空気を吸うと、生き返るね。この懐かしいような気持ちが、自然に心の中に湧いてくるんだね。人間は元をただせば海の中の生物だったという説にも、頷けるものがあるよね」
そう云った彼の表情は、そのことばが本心であることを証明していた。
「便利さと引き換えに、棄てさせられている尊いものがたくさんあるということね」
「しかし、排気ガスや煙草の煙程度なら可愛いもんだったわけだ。ついに放射能まで浴びさせてくれるとはね」
「露天風呂で除染するのね。これから……」